製造業でも注目される「AI」。製造業向けDX戦略シリーズ第3弾の本連載では、クラウドERPなどIT基盤へのAI搭載の流れについて解説する。最終回は、クラウドサービスをまたぐマルチプラットフォームに関する課題と業界動向を紹介する。
欧米市場では、中小企業から大企業まで「業務システムはクラウド一択」という認識が当たり前になっています。実際にSalesforceやWorkday、Rootstockといったクラウド製品ベンダーだけでなく、IBMやSAP、Oracleといった歴史の長いIT企業でもクラウド関連ビジネスは急成長しており、すでに最大のビジネスセグメントになっています。
一方、日本市場におけるクラウドの取り組みは、一種のデータセンターとしてクラウドサーバーを運用しているといったレベルにとどまります。残念ながら欧米市場に比べると数年遅れているように感じます。
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クラウド化が先行している欧米市場では新たな課題が出てきています。それはシステムの導入経緯や選択上のさまざまな制約から、複数のプラットフォームに跨って基幹システムを構成した「マルチプラットフォーム」の場合に生じます。
単一プラットフォーム上で全てのクラウドシステムが運用されていれば問題はありません。しかし例えば、財務会計システムをAWS上で構築し、人事管理システムはWorkday、そしてCRMとERPはSalesforceを採用しているケースがあります。この場合、それぞれのプラットフォームは独自のプロトコルを有しているため、複数プラットフォーム間でデータを連携するには個別開発が必要でした。
近年、こうした課題を解消しようとする動きが出ています。この観点で言えば、2024年最大のニュースは、ラリー・エリソン氏率いるOracleが主導したMicrosoftやGoogle Cloud、Amazonとのマルチクラウド・エンジニアリング・パートナーシップであることは間違いありません。これはOracleデータベースを共通コンポーネントとして、各プラットフォームを連携させるアプローチですが、ライバル企業とこうした連携を組むとは、誰も想像できなかったのではないでしょうか。従来のクラウドベンダーは、クラウド間連携はユーザーに任せる立場であり、顧客利益より競争上の利便性を優先するアプローチをとっていました。しかしそうした方針を一転して締結されたこのパートナーシップは、ユーザー企業に大きなメリットをもたらすことは間違いないでしょう。
欧米市場でクラウドプラットフォームの運用が拡大している理由は何でしょうか。複数考えられますが、その1つに「AI(人工知能)運用」があるのは間違いありません。技術的な制約から、オンプレミス/SaaS形態のERPによるAI活用が難しいことはあまり知られていませんが、業務管理でAIを活用するにはそのためのシステムがクラウド上にあることが必要条件なのです。
なお、2024年に当社の米国本社は、米国やカナダ、英国の製造業を対象に実施した「State of AI in Manufacturing Survey」の2回目の調査を実施しました。その結果、「90%の製造業がAI運用を実施しているが、その企業の多くがまだ取り組みが遅れていることに危機感を抱いている」という興味深いインサイトが得られました。
さて、ここまでは欧米市場のマルチプラットフォーム事情をお伝えしてきましたが、ここからは日本でもすぐに検討可能なプラットフォーム戦略をお伝えします。前回お伝えした通り、現在、日本市場で運用可能なビジネス向けプラットフォームは幾つかありますが、その中で最も市場シェアの高いSalesforceプラットフォームを例にお話しします。
Salesforceと言うとCRMベンダーの印象が強いはずです。これは間違いではありませんが、SalesforceはPaaSベンダーという側面もあります。中核となるのはCRMをはじめとしたSalesforce製品ですが、同一プラットフォーム上で複数の業務システムを組み合わせて「エコシステム(ecosystem)」を構築するアプローチを提唱しています。
ここで活躍するのは「AppExchange」です。これはSalesforceプラットフォームで稼働する有償/無償のアプリケーションで、国内外で7000を超える製品があります。分かりやすくいうと、Appleのユーザーにとっての「Apple Store」をビジネス版に仕上げたものがAppExchangeです。Apple StoreではiPhoneやiPad向けのSNS/ゲームアプリなどが提供されているのに対し、AppExchangeではSalesforceプラットフォームで稼働するクラウドアプリが提供されています。
エコシステム構築には利点が2つあります。1つはデータ連携が容易になる点です。従来は、複数アプリを組み合わせて基幹システムを構築するのが一般的な手法でした。この場合、高額なインテグレーションコストが課題になります。一方、全てのアプリが同一プラットフォーム上にあるエコシステムでは、各アプリケーションのデータも同一プラットフォーム上のデータベースに収納されています。データ連携が容易になることは想像に難くないでしょう。
もう1つの利点はAI運用です。2024年9月に開催されたSalesforce最大のイベント「Dreamforce」で、マーク・ベニオフ氏は「AIエージェント」機能の搭載を公式発表しました。AIエージェントとはユーザーの代わりに特定のタスクを実行する自律的なプログラムです。業務管理システムと組み合わせることで、従来の機能/運用範囲といった制約が無くなる可能性があります。クラウドERPを例にとれば、複数言語対応、需要/供給の予測モデル、そしてカスタマイズ開発までもAIが実行する日が来るかもしれません。
本連載では3回にわたって、製造業で起きている変化をお伝えしました。こうした変化は一過性のものではなく、断続的に発生しています。広く伝えられることの少ないこうした変化を、今後も機会を見てお伝えできればと思います。(連載完)
栗田 巧(くりた たくみ)
Rootstock Japan株式会社代表取締役
経歴
1995年 マレーシアにてDATA COLLECTION SYSTEMSグループ起業。タイ、日本、中国に現地法人設立
製造業向けERP「ProductionMaster」とMES「InventoryMaster」リリース
2011年 アスプローバとの合弁会社Asprova Asia設立
2017年 DATA COLLECTION SYSTEMSグループをパナソニックグループに売却。パナソニックFSインテグレーションシステムズ(株)代表取締役就任
2020年 Rootstock Japan(株)代表取締役就任
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