なぜ、現在製造業のアジャイル開発の手法が広く求められているのだろうか。SAFeを展開するScaled Agile SAFeメソドロジスト兼フェローであるハリー・コーネマン氏に話を聞いた。
製造業にとって「変化に柔軟に対応する」能力がより重要になる中、注目を集めているのが「アジャイル開発」だ。アジャイル開発は、短い期間で開発とレビューを反復しながら機能を追加、検証していく開発手法のことで、従来はソフトウェア開発の領域で使用されていたが、これらをハードウェアの開発や、さらにビジネスモデルや経営判断などにも活用し「変化への対応力」を高めようとする動きが広がってきている。このフレームワークを展開しているのが、米国Scaled Agileだ。
Scaled Agileが展開するアジャイル化におけるフレームワーク「Scaled Agile Framework(SAFe)」は、グローバルで多くの製造業に導入されているエンタープライズアジャイルフレームワークである。従来は「開発」の枠組みにとどまっていたアジャイル開発の手法を、開発領域はもちろん、ビジネスアジリティを獲得するためのフレームワークとしてまとめたものがSAFeだ。テキストや画像、動画、評価ツールなどで構成されるナレッジベースの一種のガイドラインとなっており、開発手法だけでなく、リーダーシップや組織文化まで踏み込んでいることが特徴となっている。
なぜ、現在製造業のアジャイル開発の手法が広く求められているのだろうか。SAFeを展開するScaled Agile SAFeメソドロジスト兼フェローであるHarry Koehnemann(ハリー・コーネマン)氏に話を聞いた。
コーネマン氏は「モノづくりにおけるアジャイル開発は新しいものではなく既に1960年代に行われていた」と訴える。その例として、人類の月面着陸を実現したNASAのアポロ計画を挙げる。コーネマン氏は「月面着陸が最初に目標として訴えられたのは1962年9月のことだった。そこから1969年7月に月面着陸を実現しており実に約7年で達成したことになる。それだけのスピードで達成できたのは、実際に6〜7週ごとにロケットを飛ばして検証を繰り返しながら開発を進めたからだ。伝統的なウオーターフォール型では無理だった」と語る。
しかし現在は「1960年代には既に使われていたアジャイル開発のメソッドが皮肉にも失われてしまい、開発手法の中心がウオーターフォール型に戻った」とコーネマン氏は訴える。ただ、あらゆる領域でデジタルディスラプションが進み、業界構造や商流が大きく変化する中で、組織運営や製品やサービスの開発でも、不確実性に迅速に対応できるようにすることが求められている。そこで、あらためて「アジャイル」の手法が再注目され始めたという。
コーネマン氏は「よりスピード感を持ち変化に柔軟なモノづくりを実現するには、シフトレフト(※)のマインドセットを学ばなければならない。ウオーターフォール型ではデリバリーが遅くなりフィードバックをもらうサイクルが遅くなる。早く製品を投入しそこからのフィードバックを受けて素早く改善する学習サイクルを回転させることが重要だ。ソフトウェアのコミュニティーでは20年にわたってこうした継続的なデリバリーパイプラインを実現してきた。これをハードウェアでも行っていく必要がある」と語っている。
(※)シフトレフト:開発工程の上流でテストと品質保証などを組み込む考え方
ハードウェアも含めたアジャイル開発の推進は、ハードウェアベンチャー企業などで採用されている。ただ最近では歴史の長い製造業でも採用が進んでいる。例えば、自動車メーカーであるGM(ゼネラルモーターズ)では、デジタルエンジニアリングによる仮想化とシミュレーションを活用することで、学習サイクルを回し、新車開発サイクルを6年から2年に短縮したという。「デジタルエンジニアリング環境でのシミュレーションにより、物理的なテストによる検証を大幅に減らすことができた。プロトタイプは製品リリースの1年前まで作らずに問題なく開発できたと聞いている」とコーネマン氏は述べる。
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