製造業のカーボンニュートラル化に注目が集まる中、2024年1月23日にオンラインセミナー「ここがやばいよ! 日系製造業の脱炭素問題〜Scope3カーボンニュートラル化が求められる時代に何が必要か〜」(富士通主催)が開催された。本稿では、経済産業省の和泉憲明氏、YouTuberのものづくり太郎氏、富士通の瀧澤健氏によるパネルディスカッションの内容をお伝えする。
世界的にカーボンニュートラル化への要求が高まっている。その中でカーボンフットプリント情報を自動車サプライチェーンで一貫して把握しようとする「Catena-X」などのデータスペースの動きや、「欧州バッテリー規制」などが生まれている。欧州などを中心とするこうした圧力が強まる中、日本の製造業はどのようなことを考えて取り組みを進めるべきなのだろうか――。
製造業系YouTuberでセミコンジャパンアンバサダーの製造業盛り上げ隊 代表取締役 ものづくり太郎氏は「多くの日本の製造業がカーボンニュートラルを単なる社会貢献活動だと考えていますが、そうではありません。既に新たなビジネスルールに加えられようとしており、とてももったいない状態が生まれています」と問題提起する。
ものづくり太郎氏は「日本の製造業がモノづくり現場で実際に取り組んでいるさまざまな施策は、世界的に見ても優れていることが多くあります。エネルギー消費情報を製造ラインや製造装置から逐次取得し、それらをリアルタイムで示すことも既にさまざまな製造ラインで行われています。カーボンニュートラルへの現場レベルの取り組みは、決して遅れているわけではありません。しかしそうした取り組みを外部にも分かる形でアピールするのが下手で、遅れているように見られてしまっています」と述べる。
もう一つの課題として「多くの日本の製造業はカーボンニュートラルとDX(デジタルトランスフォーメーション)は関係ないと考えるのですが、それは間違いです」とものづくり太郎氏は訴える。「環境情報を全て人手で集めるのは難しく、デジタル技術とデータの活用が必要です。さらに、日本の製造業の課題として『サイロ化』があります。データもサイロ化されており、データを集めても全体像を把握できず、まとめて外に出せる形になっていません。それが先ほど話したアピール不足にも関係しています」(ものづくり太郎氏)
富士通 クロスインダストリーソリューション事業本部 エグゼディレクターの瀧澤健氏は逆に、欧州などが進める新たな圧力を生かして自社の成長の機会にすべきだと訴える。「カーボンニュートラルについての海外からの圧力は、今直面している課題を解決する機会と捉えることもできます。環境への取り組みは従来コストだと考えられてきましたが、そこがビジネス要件になってくることでプロフィットセンターに戻れるかもしれません。データのサイロ化などの問題についても、環境データへの要求に応えるために解消が進むかもしれません」
経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉憲明氏は、欧州などが積極的に推進する規制、なかでも、カーボンニュートラルに関しての向き合い方について指摘する。「製造業は、モノを売ることが勝負の本筋というゲームをしています。欧州などにとって、カーボンニュートラルはゲームを優位にするために提示されたルールの修正案です。そういう修正案が施行されていく中で、そのような戦術に対してどのように受け身を取るのかはしっかり考える必要があります。受け入れるにしろ対抗するにしろ、本筋となるゲームでの勝ち筋を描き、どこで勝負し、どこで勝つのかを作っていく必要があります」
ただ、欧州と取引をするにあたって、今後、カーボンフットプリントの詳細情報を要求される場面も増えつつある。この動きに対応するための日本版データスペースとして注目されているのが、和泉氏も関わる「ウラノス・エコシステム」だ。
和泉氏は「以前からの我が国における政策は政府が責任をもって設計するため、ときに時間をかけ過ぎてしまうことで、実施する頃には条件が変わってしまい、結果として想定通りになっていないということがありました。今取り組んでいるのは、デジタル時代の急峻な変革に合わせて政策実行のスピードを上げるものです。政府と業界団体、企業が一堂に会して課題を見極めて合意を形成し、そのグループを基に官民連携の場を作り、素早く実効性のある取り組みを形にします。実際に必要な人にアイデアを出してもらって形にするということがポイントです。これがデジタル時代の官民連携の姿であり、その中で生まれたのがウラノス・エコシステムです」と語る。
ウラノス・エコシステムは、企業や業界、国境をまたぐ横断的なデータ共有やシステム連携のための、日本版のデータスペース(データ共有圏)だ。幾つかの社会課題に対して利用されている。その一つとして、2025年から順次適用される欧州バッテリー規則でバッテリーについての環境情報を共有する仕組みを構築しているところだ。アーキテクチャなどは情報処理推進機構(IPA)のデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)を中心に構築している。「企業のデータはアプリ内に存在しますが、アプリの統合などの話になると簡単には進められません。そこでウラノス・エコシステムは、APIなどで必要なデータだけを流通させられる仕組みとしています」(和泉氏)
これにより、欧州からのカーボンフットプリントデータへの要求に対してウラノス・エコシステムを通じて容易に流通させられるようにする計画だ。「こうした仕組みを日本自動車工業会などと協力して形にしてきました。2024年4月ごろには提供できるめどが立っています。欧州では、多くの枠組みは出ているものの実際に稼働・定着させるのに苦労しています。これらを欧州などに話すと『連携したい』という話も出てきており、ある意味で日本が追い抜いたと言えるかもしれません。カーボンニュートラルに対する政策としての支援の動きも実はあるのです」と和泉氏は訴える。
一方で、製造業としてカーボンニュートラルへの取り組みを強化しつつ、そこで得た知見でIT企業としての支援を提供しているのが富士通だ。富士通は環境への取り組みを1990年代から強化しており、サステナビリティーを経営KPI(重要業績評価指標)として位置付けている。例えば、自社拠点の100%再生可能エネルギー化や製品のGHG排出量のライフサイクルアセスメント(LCA)などを進めることで、スコープ3での温室効果ガス(GHG)排出量を富士通グループ全体で10年間に30%削減した。
自社で推進する中で、サステナビリティーへの取り組みを統合管理する必要性が出てきた。そこで、ESG(環境、社会、企業統治)経営についての情報を統合するESG経営プラットフォームを開発し、それを社内外に展開している。
瀧澤氏は「これは財務、非財務の両面からファクトに基づいた最適な経営を実現するために情報を提供する基盤で、情報の可視化と同時に施策の自動シミュレーションや生成AIなどによるレコメンド機能なども備えていることが特徴です。非財務の情報も可視化して管理できることから、新たな経営貢献やビジネス創出につなげることができます。先ほどから話題になっているデータのサイロ化やアピール不足などを解決する一つの手段になり得ると考えています」と語る。
ESG経営プラットフォームなども含め、富士通はサステナビリティーを実現するデジタル化とプロセス改革の支援を推進している。サイロ化によって企業内外で分断しているバリューチェーンをつないで一元管理できるように変革を支援する考えだ。
瀧澤氏は「多くの製造業は、部門内の情報管理はしっかりしていますが部門をまたぐ情報を共通化しておらず使える状態になっていません。データ上はバリューチェーンが分断されている状態です。これらのバリューチェーン情報を一元的に結び、それをデジタル空間で再現できるようになれば『デジタルリハーサル』として一連の経営インパクトをシミュレーションできるようになります。環境に関する問題はさまざまな要素が複雑に絡み合っていて判断が難しい領域だと言えますが、デジタル空間で仮説を検証できれば判断ミスを減らせます」と説明する。
ここまで見てきたようにバリューチェーンの一元化やデータスペースなどさまざまなポイントが紹介されたが、カーボンニュートラルに取り組む製造業はまず何を考え、どう取り組むべきなのだろうか。
パネルディスカッションで各登壇者から出たのが「最終的にどういう勝ち筋を描いてカーボンニュートラルに向き合うのか」というビジョンの重要性だ。
和泉氏は「冒頭でも話したように、カーボンニュートラルやESGなどの新たなルールは、それを設定した地域が有利になるための条件であり、それにどのようなスタンスで向き合うべきかという点がまず問われています。例えば、そういうルールを守れば欧州では引き続き製品を売ることができるかもしれませんが、東南アジアなどの市場には関係がないかもしれません。市場性なども含めて、どこで仕掛けてどこで勝つのかという戦略が必要です」と強調する。
瀧澤氏も「ESG経営プラットフォームで集めるデータなどについても、どこでどのように使うのかというビジョンを持たなければ、データの持ち腐れになります。もちろんデータを集めるということが生きる領域もありますが、経営的にどういうビジョンや戦略があり、それに対して環境データをどう活用したいのかという方向性が見えてくれば決まってくることも数多く存在します」と訴える。
ルールメイキングも含めて環境への取り組みはもはや避けられなくなっているが、これらの要求にどのように対応するかも含めて、企業としての立ち位置があらためて問われていると言える。
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提供:富士通株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2024年3月19日