まず、顧客ニーズと製品システムアーキテクチャのつながりの暗黙知を可視化するには、システムズエンジニアリング(SE)が有効な手段となる。SEは古くは航空宇宙分野で活用、体系化されたものであるが、昨今は幅広い分野で導入/活用が進んでいる。
顧客の活用シーン(ユースケース)や製品システムのふるまい/状態遷移などを構造的に表現できるSysMLやOPM(Object process methodology)といった言語が充実しており、顧客体験価値と製品システムのアーキテクチャの整合性を客観的に確認することができる。リバースエンジニアリングにより既存の製品をSysMLなどで書き起こすことも有効であるが、部門や専門性の垣根を越えた多様なメンバーでコミュニケーションをとりながら、顧客体験価値を実現するシステムを体系的に共創するフォワードエンジニアリングがSEの本質である。
製品のシステムアーキテクチャを定義した後は、サブシステムや部品への機能割り付けが重要となる。この割り付けのつながりを可視化するためには、MBD(モデルベース設計)/CAEと呼ばれるシミュレーションによる機能や物理現象の定量化が欠かせない。ただし、これまでのシミュレーションは、エンジニアの経験、カンコツによって設計された部品の機能検証に用途が限られていた。ここに最適化技術を組み合わせることで、部品の機能、仕様の割り付けの最適なバランス点(パレート解)をアルゴリズムに自動探索させることができる。
前述の通り、今の時代は解くべき問題が、複雑で高度な社会システムやサービスとなっており、一部のエンジニアの経験やカンコツで対応できる規模ではない。最適化技術の手の内化は、これからの時代の競争力向上に増々不可欠なものとなっていくであろう。
一方で、設計の文脈でアルゴリズムやAI(人工知能)を活用することにいまだ抵抗を感じるエンジニアも多い。アルゴリズムやAIは敵対するものではなく、自分自身では気付けない発見を与えてくれ、設計のアイデアを進化させる共創のパートナーとしてぜひ捉えていただきたい(図3)。将棋の世界でも、AIとの対局で自己研さんすることがスタンダードになっていることは、その好例である。
システム思考/割り付け型設計への移行は、これまで積み上げてきた設計プロセスを全て捨てるという話ではない。むしろ、日本の製造業が積み重ねてきた部品設計技術、素材技術、品質/製造工程などの強みを社会システムやサービスとつなげ、顧客体験価値という舞台で生かす手段として考えていただきたい。それを実現するためには、黎明期を経験したベテランエンジニアと創造性ある若手エンジニアが同じ立場、同じ視点で新しい価値を共創できる環境の構築が不可欠であり、それこそが日本の製造業における設計DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質であると考える。
次回は、設計を形として実現するフェーズとなる「生産準備」について解説する。
松村 泰起(まつむら たいき) アクセンチュア株式会社 インダストリーX本部 プリンシパル・ディレクター
ロケットシステム開発(国家宇宙開発機関)、デジタルツイン研究(米国大学)、最適化/シミュレーションソフトの新規ビジネス立ち上げ(グローバルソフトベンダー)、全社R&Dデジタル化推進(自動車ティア1)と、設計領域の変革活動にさまざまな形で従事。アクセンチュアでは、主に設計開発・R&D領域でのDX支援を担当。工学博士(Ph.D.)、PMI認定プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル(PMP)。
インダストリーX|アクセンチュア(accenture.com)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.