このようにカスタマーサクセスという概念が製造業にも浸透しつつある様子はうかがえるものの、「この事象はいっときのものではないか」「個別企業の取り組みにすぎないのではないか」と思う人もいるかもしれません。
製造業を取り巻く環境は大きく変化しています。インダストリー4.0に象徴されるように、全ての工場内機器がインターネットによってつながり、機械同士、あるいは機械と人が連携して生産性を最大化する取り組みが進んでいます。さらには、顧客から集まる膨大なデータを解析し、そのフィードバックを商品やサービス改善につなげて、より高付加価値な製品を提供する新しい取り組みやビジネスが、既に始まっています。
顧客側の環境も大きく変わってきています。インターネットを通じていつでも欲しいモノを手に入れられるようになったため、身の回りにモノがあふれる時代になっています。このような中では、モノを所有すること自体の価値は当然ながら減っていくでしょう。モノを使うことで、自分がどんな体験ができるのか、どのような価値を得られるのかという点を重視するようになっているのです。
先に述べたシーメンスは、「脱コングロマリット」を目標として掲げています。DX領域に注力することで、老朽化、サイロ化したレガシーシステムを抱えてデータを生かし切れていない産業界の悩みを解決する、デジタルソリューション提案企業に生まれ変わろうとしています。
150年以上の歴史を持つBASFも、製品のコモディティ化が加速していることを背景に、顧客課題の解決と事業成功への貢献をメッセージとして掲げています。実際に同社は、世界中の自動車メーカーと密に連携し、機能性材料やソリューションの提供、開発を共同で行い、CO2排出量や排気ガス削減を支援しています。
ちなみに国内事例として挙げた花王では、カスタマーサクセス部設立を「モノ主義」から「顧客体験主義」への転換に伴う改革の1ピースだと位置付けているようです※1。このような「製造業のモノ売りからコト売り化」が進んでいるが故に、購買体験以上に実際の利用体験がより問われてくるのです。
※1:日経クロストレンド「花王のカスタマーサクセス部を大解剖 成功を導く3つの推進室」(2021年11月22日)より
他にカスタマーサクセスを掲げている国内製造業として、半導体製造販売を手掛けるルネサス エレクトロニクスも見てみましょう。ルネサスは「人々の暮らしを楽(ラク)にすること」というパーパスを掲げ、単なる半導体製品の単体売りにとどまらない事業展開を行っています。多岐にわたる製品群を組み合わせたソリューション提供や、ルネサス製品の認定パートナーで構成されるネットワークを通じ、顧客製品のマーケットインをより早く、楽に進めるという体験価値を提供します。
従来の、製品を「買ってもらって終わり」ではなく、「使ってもらって顧客が望んでいる成功体験を作り出す」ことこそ、将来的に顧客に選ばれ続ける成功企業の秘訣(ひけつ)になっていくと考えます。今後、製造業ではますますカスタマーサクセスを重視する動きが広まっていくと筆者は予想します。
他方で、全ての製造業がモノ売りからコト売りへと容易に変革できるわけでもないことも事実です。実現には、事業収益モデルの変革や自社の運用効率向上など、乗り越えなければいけない大きな壁がいくつも存在するからです。
ただ、「目の前の顧客課題を解決して成功体験をもたらす」というコンセプトは、全ての製造業が等しく共有すべきものかと思います。この意味でカスタマーサクセスは、各企業に合ったやり方で取り入れていくことができるのではないか、と考えています。
最後に、第1回の内容をまとめてみましょう。
次回は、カスタマーサクセスの取り組みが、実際に企業の経営やオペレーションにどんな効果をもたらすのかを掘り下げて、考察したいと思います。
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