産業分野におけるTSNのメリットは、簡単にいうと「従来のイーサネットにはない定時性やリアルタイム性を、OSI参照モデル(※)におけるレイヤー2の領域に追加できること」といえます。
(※)OSI参照モデル:ISOによって策定されたコンピュータネットワークにおけるそれぞれの役割の明確化と分類を示したモデル。物理層、データリンク層、ネットワーク層、トランスポート層、セッション層、プレゼンテーション層、アプリケーション層の7つの階層に分けられている。
TSNは、OSI参照モデルのレイヤー2において、時刻同期、トラフィックの管理を行うことで、レイヤー3より上でさまざまな通信プロトコルやアプリケーションを活用したとしても、問題なく利用できる世界が広がります。これにより、制御通信におけるインフラが統一され、サイロ化されたシステムが統合されたシステムに進化することが期待されているのです。
規格が統一されることによるメリットにはさまざまなものがありますが、分かりやすいメリットの1つとして通信の混在について説明します。
従来の産業用イーサネットを利用したシステムでは、ベストエフォート型のパケット送信を用いるハブやスイッチが含まれます。また、それぞれのデバイスもシステム全体の時間を意識してデータのやりとりをするわけではありませんでした。通常、データやパケットは問題なく順番に送信されますが、時刻通りの到達の保証はされていないのです。
これらの仕組みは、ベストエフォート型のネットワークはWebの閲覧などOAシステムで十分なパフォーマンスが得られます。しかし、産業用制御アプリケーションに求められる、より高い信頼性と遅延時間の担保(同期性能の確保)などを考えると、毎回ネットワークの状況によって遅延時間が変わる状況では、複数の機器を同期しながら高精度で作業を行うようなことはできません。
時刻通りのパケット送信、到達が保証されなければ、重要な制御データが適切な場所に適切なタイミングで届かない可能性があります。従来の産業用イーサネットの各プロトコルでは工夫を凝らしつつも、混在ができない前提で開発を進めていました。結果として「イーサネット」という言葉ではありますが、実態は相互で乗り入れができないサイロ化されたシステムが構築されています。
TSNは、このサイロ化したシステムの制限から脱却する手段として期待されているわけです。各機器で時刻を厳密に管理をすることで、制御データを一定の周期で配送できるため、複数のネットワークが混在する場合でも、遅延時間の担保などが可能となります。そのため、TSNを利用することで、従来さまざまシステムに分割する必要があったシステム構成から統合を図ることができるようになります。
もちろん、従来のシステムにおいてもアドオンやゲートウェイを利用し実現できるケースも多いのですが、配線の複雑性や、データのやりとりにおける遅延、データ変換の手間などが絡み合い、限界が出てくることが想定されます。今後ますます、発展するシステムの高度化に備えるために、アドオンの逐次投入でははなく、統合することを前提とした基盤の必要があると考えられており、その意味ではTSNが果たすべき役割は大きいといえます。
ここまで、「サイロ化されたシステムが統合できるようになるTSN」という形でTSNが注目されている理由をお伝えしましたが、具体的な規格、機能については触れてきませんでした。これらについては「後編」でお届けしたいと思います。
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