ハードウェア開発において設計とデザインは表裏一体の関係にあるが、この両方を担うエンジニアとして、数々のスタートアップ発の製品で活躍しているのが白川徹氏だ。
大学卒業後、長野県にある製造業向け製品プロデュース企業であるプロノハーツに入社し、プロダクトデザイン/設計の受託業務に従事。2015年に独立し、自身の会社ATHA(アタ)を設立。家庭用コミュニケーションロボット「ユニボ」の量産向け機構設計、屋外用IoT(モノのインターネット)モニタリングデバイスの「kakaxi」のデザイン/開発など、多くのスタートアップ製品に携わっている。現在はATHAと並行して、遠隔操作ロボット「ugo」を開発するスタートアップ、Mira Robotics(ミラロボティクス)にもCDO(最高デザイン責任者)として参画している。
スタートアップに求められるエンジニアの要件を白川氏に聞くと、一部の工程に特化するのではなく一気通貫で開発することが重要だと答えた。
「メーカーでのモノづくりは分業が進んでいるが、スタートアップは分業ではなく兼務することが多く、その作業量も膨大。故に、優先順位や要件が固まらず、プロジェクトが可視化されていないことが多い」(白川氏)
スタートアップの開発案件で白川氏が最初に行うのは、スタートとゴール、そしてマイルストーンを明確にする作業だという。そして、自ら手を動かし試作品を確実に形にしながら、製品化までのロードマップを描くことがハードウェア開発には重要だという。
進むべき道が見えた段階で、白川氏は過去の経験やノウハウを基に、スタートアップが陥りがちな「落とし穴」を回避するためのサポートをしながら、設計やプロダクトデザインを進めていく。
「経験不足から量産に適さない設計やデザインにしてしまったり、適材適所に適用すべき材料の選定をミスしたりすることはスタートアップには付き物。大企業であれば生産技術、品質管理や品質保証のスキルを持った人がカバーできるが、スタートアップにそういった人材はなかなかいない」(白川氏)
日本版メイカームーブメントの中にいた白川氏は、当時のスタートアップ発製品のトラブルや品質の不安定さを振り返り、経験のある人材が必要だと訴える。
「メイカームーブメントが日本で出始めたときも、開発、量産をうまくコントロールできていない製品によるトラブルをよく見掛ける時期もあった。そうならないためには、開発の早い段階から量産までサポートできる人を開発チームに入れるべき」(白川氏)
開発が進めば進むほど、仕様変更や修正できる余地は狭まっていく。また、市場に製品を出した後に欠陥が見つかった場合には、経営に大きなダメージを及ぼすことになる。経験値に乏しいスタートアップが、そういったリスクを予測しながら開発することは難しい。経験豊富なエンジニアがチームに加わることは、製品化を単に確実なものにするというだけでなく、製品を出した後も残る製品不具合のリスクを最小限に抑えるという面においても重要だ。
宇田氏と白川氏の共通点は、試作であれば外装も含めほぼ1人で作り上げることができる点だろう。
売上もなく、現金も十分とはいえない状況で事業を始めるスタートアップにとって、大企業のように何度も検証を重ね、入念に計画して開発を進めるという余裕はない。だからこそ、一人一人の馬力が求められる。
コンセプトから最初の試作品を製作する際にも、短い期間、低予算で形にすることが求められる。それ故、検証に必要な最低限の機能と仕様を導き出し、一気に試作品を仕上げる能力が必要だ。
必要なのは幅広い技術力だけではない。プロジェクトの中で“ハブ”となるコミュニケーション能力も重要となる。ここで求められるコミュニケーション能力は「分かりやすく伝える」「協調性がある」といった能力というよりは、「確実にゴールへ向かうために必要な情報を伝える力」といった方が正しいだろう。そこには豊富な経験が必要不可欠だ。
宇田氏の場合、クライアントである永田氏の「チームで試作品を開発してほしい」という依頼に対して現状を鑑みた上で、いち早く試作品が手元にあることが重要だと判断。頭の中にある構想を実物に落とし込むことを最優先し、最短で試作品を作る方法を提案した。
また、白川氏もスタートアップにおけるエンジニアに求められる素養を以下のように語る。
「企画、デザイナー、エンジニアの間に立って通訳できる能力は必要。何か問題に気付いたら、その場で指摘してより良い案を提示する。ハードウェアはソフトウェアやアプリとは異なり、『リリース後にアップデート修正』がきかないため、特に自分がケアするよう心掛けている。自分が妥協してしまったら、妥協した状態のモノが世に出てしまうという緊張感は常に持っている」(白川氏)
妥協してはいけない点を見極め、求められている成果以上の仕事でチームに貢献する。こうした姿勢を持ったエンジニアが新たな地平を開拓できるのだろう。 (次回に続く)
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