阪大フェイスシールドやDOYO Modelが起こした支援活動は、2010年代からのメイカームーブメントが貢献している。
インターネット上に共有された3Dデータを各自が3Dプリンタで製造することも、データを改変して使いやすくするというプロセスも製造業では異質なことかもしれないが、ソフトウェアやWebサービス開発の現場において、オープンソースのデータを活用することは珍しくない。
今回の事例はビジネスではなく、ボランティア的な活動だが、オープンに公開されたデータに3Dプリントという物理的なアウトプットが加わったからこそ実現できた取り組みだろう。さらに言えば、FDM(熱溶解積層)方式による3Dプリント技術の特許が切れたことで、個人でも買える価格帯の3Dプリンタが広く普及したことも大きい。
「魔法の箱」と喧伝(けんでん)され、ブームとしてもてはやされたこともあった3Dプリンタだが、安価な3Dプリンタにできることは限りがあり、一般消費者には当初の期待ほど浸透することはなかった。しかし、ブームの衰退とは関係なく3Dプリンタを活用していたユーザーの知見や、改良を重ねてきたメーカーの努力が社会に貢献したといってもよいだろう。
当初3Dプリント製フェイスシールドを医療現場に届けていいのか悩んだという話も取材の中で多く聞かれた。医療現場で使われる道具の扱い方については、その業界との関わりがない限り知るすべがないからだ。
しかし、インターネット上のコミュニティーなどを通じて、医療関係者と直接やりとりできたことで、その問題を早期にクリアできたこともオープンなモノづくりだからこそできたことだろう。阪大フェイスシールドでは、医療関係者と作り手がお互いの知識と技術を持ち寄ったからこそ、早期に形になった事例だろう。
「フェイスシールドは医療器具ではなく雑品という扱いであること、消毒は提供される側の医療機関が行えばよいのではないかという回答が中島先生からあり、迷いなくコミュニティーの活動を進めることができた」(デジタルアルティザン 原氏)
今回の取材で話を伺った人たちに共通していたのは、「自分たちにできることはないか」という動機から行動し始めたことだ。リーマンショックのような一個人が対処できる余地のない経済的危機ではなく、人類の生命を脅かしかねない危機であり、知恵と技術を駆使すれば、誰か1人の命を間接的にでも救える可能性がそこにはあった。
医師でも看護師でもないから、人の命を救う直接的な支援はできない。劇的に状況を改善できるような資金を寄付できる経済的な余裕があるわけでもない。それでも、目の前に苦しんでいる人がいて、その苦しみを解決できるすべを知っているのであればやるしかない――。それは、社会生活を営む人間として当然の心理ではないだろうか。
実際に阪大フェイスシールドやアンジョウハーツでも、梱包(こんぽう)は地域の障害者就労施設が担ったり、地元のタクシー会社が製造者からフェイスシールドを引き取り、地域の医療機関に届ける役割を担ったりするケースなど、さまざまな人が製造以外でも支援に動いた事例を伺った。
個々にできることは小さくても、それらが集まれば社会を良くすることができる。フェイスシールドの事例から、Maker(メイカー)が社会に貢献する可能性を大いに感じた。(次回に続く)
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