MONOist 製造業で求められているのは、課題解決とそれに直結するアプリケーションですが、アプリケーションに近づけば近づくほど、各企業固有の話が多くなり、個々の開発が多くなるという状況があると思います。こうした状況をどのように乗り越えていくべきだと考えますか。
シムキン氏 アプリケーションに近づけた形で成果を出すにはどうしても実証が重要になる。PoC(Proof of Concept、概念実証)やPoV(Proof of Value、価値実証)への取り組みが重要になる。ただ、Gartnerの調査では、産業用IoTへの取り組みの中でPoC(概念実証)を行ったプロジェクトの内、80%がそのままPoCだけで終わるという結果が出ている。ビジネス成果が問われる中でPoCやPoVは進めるものの、「適正な人材場割り当てられない」や「技術ベースで考えすぎてだめだった」などの理由でなかなかビジネス価値にまでつなげられないという状況がある。マーケティング主導で進められてきた取り組みと、現実的な世界において大きな差があるという状況が生まれているといえる。
MONOist そうした中でユーザーとなる製造業はどういうことに気を付け、どういうパートナーとIoTへの取り組みを進めていくべきだと考えますか。
シムキン氏 現在付き合いのあるベンダーからスモールスタートで始めるということ基本的な動きだと考える。ただ、その時に気を付けなければならないのが、それぞれのベンダーのプロダクトロードマップを共有してもらい、それを見て評価するということだ。IoTプラットフォームに非常に多くの企業が参入し、IoT関連のサービスを展開する企業は今では2200社に上るといわれている。その中で既に“ゾンビ”となってしまったプロダクトやサービスなども存在する。2200社の中の多くが淘汰の対象となるだろう。こうした“ゾンビプロダクト”や淘汰される企業に大事なデータを継続的にわたすわけにはいかない。プロダクトロードマップを見極め、その中で価値の生まれる領域をスモールスタートで進めて成果を得る手法を確立させた上でさらに広げていくというのが、現実的で着実に成果を得るための方法だと考えている。
その際に重要になるのが、短い期間を区切って成果を検証するということだ。ステップを小さく切り、予算を取って価値検証を行うというサイクルを長くても半年サイクルで回す。例えば、先日ある企業からスマートシティーの実証を行う相談を受けた。ただ話を進めていくと成果の検証まで47年かかるというもので、結局そのプロジェクトは見直すことになった。これほど検証までに時間がかかれば実証にもならず、検証もできないまま投資するというのはそもそもの企業の姿勢としてもあり得ない話だ。PoCを進めるにしても、全体像を描きつつROIを見定めながら段階的に進めていくことが求められている。その場合の評価軸でも「技術」を置いてはだめだ。必ず「プロジェクトそのものの効果」「ビジネス価値」「投資対効果」の3つを軸に評価を行うべきだ。
MONOist IoTに取り組む企業は自社組織内ではどのような体制で進めるべきだと考えますか。
シムキン氏 成功している多くの企業で取り組んでいることだが、基本的にはビジネスへの影響を判断できるCクラス役員(CEOやCOO、CTOなどCxOのこと)を巻き込むことが必要だ。その上でIoTには多くの部門が関係するので、社内のステークホルダーを含む形でCoE(Center of Excellence)のような部門横断型の推進する仕組みを動かすことが大事だと考えている。その組織の中で、Cクラスの役員、IT部門、OT部門などが集まり、複数のプロジェクトを進めていく。
IoTは、現場など個別の環境で新たな価値を生み出すことができれば、OT部門などだけで考えると個別最適化へと進みやすい。一方でIT部門だけで考えても、OT部門や現場部門で受け入れられビジネスに活用される仕組みを作ることは難しい。これらを1つの場所に集め、Cクラス役員がビジネス価値を判断基準として、一元的に管理することで、個別最適ではなく全体最適へと導くことができる。このような横断型の仕組みを作ることができれば、成功の可能性を高められる。
MONOist 日本企業では役員クラスが主導するトップダウン型の変革が進みにくいという状況があるといわれていますが、ボトムアップ型でこうした取り組みを進めるのは難しいということでしょうか。
シムキン氏 先ほどPoCの8割が失敗しているという調査結果を示したが、成功している2割の企業ではほとんどがこうしたCoEのような組織を構築していた。IT部門とOT部門には技術的な問題ではなく、文化的に大きな壁がある。仮にボトムアップだったとしても、これらを乗り越えるための仕組みが何らか必要であることは確かだ。その上で主導するのはCクラス役員ではなく、実行力の強い部門でも構わないと考える。
とにかく、組織文化、テクノロジー、ビジネスという3つの要素を同時に話し合うような場が必要だ。プレーヤーを1つの場所に集めて壁を壊していくという作業が必要だ。ある部分では独裁的に進めていく必要もあるのかもしれない。
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