世界初の技術で光学迷彩に手が届く「3次元メタマテリアル」5分でわかる最新キーワード解説

真空を進む光の屈折率(1.0)よりも低い屈折率(0.35)を持つ人工物質が生み出され、「光学迷彩」や「透明マント」が現実味を帯びた。この物質の活用で光通信の高速化も期待されます。

» 2015年07月29日 12時00分 公開
[キーマンズネット]

 今回のテーマは原材料の物性ではなく立体的なナノ構造=カタチで、光の屈折率を変えてしまう「3次元メタマテリアル」。背後や前方からの光を迂回させるマントを作ればまるで映画「プレデター」の怪物がまとった光学迷彩が実現するかもしれません。光通信を高速化する可能性も秘めた、自然界にはない「疑似物質」が、現実の世界に誕生しています。

「3次元メタマテリアル」とは?

 「メタ」は「超越」そして「マテリアル」は「物質」を意味する言葉で、「メタマテリアル」と言えば人工的に作り出した、いわば「超物質」、あるいは「疑似物質」といった意味になる。つまり自然界の物質にはない性質を備えた人工の「物質のようなもの」だ。

 自然界の元素や化合物はそれぞれ固有の性質を持っていて、その性質を変えたいと思うと化学的組成を変える必要があるのだが、メタマテリアル研究は、新しい化合物を作成するのではなく、原材料の物性はそのままに、超微細な形状パターン、つまりカタチによって性質を変化させようとしている。

 その最先端の研究成果の1つが、2014年10月、理化学研究所・田中メタマテリアル研究室の田中拓男准主任研究員らの国際共同研究チームが世界に先駆けて作製に成功した、立体的な形状をもつ「3次元メタマテリアル」(図1)だ。

 これは自然界にはあり得ない、真空を進む光の屈折率(1.0)よりも低い屈折率(0.35)を持つ新しい人工物質。これまで2次元のパターン形成によって同様の特徴をもつメタマテリアルは作られていたものの、ある特定方向からの光に対してのみ作用するものでしかなかった。同研究チームは、光の波長よりも小さい3次元素子を一定のパターンでたくさん並べ、どの方向からの光に対しても同じように作用する(等方性をもつ)メタマテリアルの作製に成功したのだ。

photo 図1 真空の屈折率よりも低い屈折率を示す3次元メタマテリアル(左:微細構造の集合パターン 右:その拡大写真 資料提供:理化学研究所 田中メタマテリアル研究室)

光の屈折率をカタチでコントロールすれば「透明マント」が実現?

 このような微細なカタチを作りこむことで、何が実現できるのだろうか。そもそもメタマテリアル研究が一般に注目される1つの契機になったのは、2006年にイギリスのジョン・ペンドリー教授らが発表した論文だ。そこには「光の進行方向を思うままにコントロールできる“覆い“で物体をくるめば、その物体は見えなくなる」ことが示されていた。その覆いとして想定されたのがメタマテリアルだった。

 この論文はマスコミにも大きく取り上げられセンセーションをもたらした。なにしろ、「透明マント」や「てんぐのかくれみの」「光学迷彩」が現実のものになるかもしれないのだ。SFやアニメファンの心が踊らないはずがない。実際、軍事に応用すれば、迎撃困難な「見えない軍隊」ができるはず。DARPA(アメリカ国防高等研究計画局)もこれに触発されてか、2007年に、マントの内側からは相手が見えるが外側からはマントとその内部が見えない「非対称マテリアル」を開発すると大風呂敷を広げた。

「透明マント」の仕組みとは?

 ともあれ、この「透明マント」の原理は、光の進む方向を思いどおりの方向に導けるメタマテリアルで隠したいものを覆い、その背面からの光をメタマテリアルで迂回させ、前方にいる誰かの目に届くようにするというものだ。これには背後から前方にいる相手に直接届く光と、「透明マント」を迂回して届く光とが時間差なく、同時に届かなくてはならない。

 実現するには、光の屈折率が自由にコントロールできることと、隠したい物体を迂回する光を直接届く光よりも速く伝搬させることが不可欠だ。このような特徴を備えるメタマテリアルの研究が世界中で進められる中で、今回の田中氏らによる屈折率0.35の3次元メタマテリアルの実現は、3次元形状によりあらゆる方向からの光の屈折をコントロールできることを実証したとともに、真空中の光よりも速く伝搬する光の波を作り出したことにより、「透明マント」の必要条件の一部を満たして、大きく研究を前進させた。

自然界にはない光の屈折率を実現するメタマテリアル

 少し詳しく説明しよう。光の屈折率とは、例えば、ガラスのコップに入った水に光を当てると、光は空気とガラスの境界面で一度曲がり、手前と奥のガラスと水の境界面でさらに曲がり、最後に反対側のガラスと空気の境界面でもう一度曲がる、その曲がり方を決める物質定数のことだ。光は物質の境界で、その物質固有の屈折率で進む向きを変える。屈折が起きるのは、物質の中を光を通る速度が、それぞれの物質ごとに違うからだ。

 そもそも屈折率とは「真空中の光の速さ(約30万km/秒)を物質中を光が進む速さで割った値」のことだ。真空の屈折率は1.0なので曲がらないが、空気は1.0003なのでほんの少し曲がる。水だと1.33なのでさらに曲がり、ガラスは1.46なのでかなり曲がる。ちなみにダイヤモンドだと2.42なので大きく曲がる。ガラスやダイヤモンドのような自然界に存在する誘電体の屈折率は1を超えないというのが常識だった。

 しかし、光とは「電気の波(電場)」と「磁気の波(磁場)」が相互作用しながら伝搬するもの。物質と電場との相互作用の大きさは比誘電率、磁場との相互作用の大きさは比透磁率という物理量で表せる。屈折率は比誘電率、比透磁率それぞれの平方根の積で決まる。可視光領域においては自然界にある物質は磁場の波と相互作用しないため、比透磁率は必ず1.0だ。物質の屈折率の違いは、もっぱら比誘電率だけで決まっているのだ。

 そこでこの限界を破り、人工的に比透磁率や比誘電率を操作したメタマテリアルを作れば、1未満の屈折率をはじめさまざまな屈折率を実現することができるはず。特に自然界には存在しない1未満の屈折率、ひいてはマイナスの屈折率を持つ人工物質が作れるのではないかと進められているのが世界の「メタマテリアル」研究だ。

なぜ比透磁率を変えられるのか?

 比透磁率1未満のメタマテリアル製造には、理論的には電磁誘導の手法が流用できるという。中学生時代に銅線をぐるぐる巻きにして作ったコイルに磁石を近づけたり離したりすると、コイルに電流が流れるという実験をしたことがある方も多いだろう。あれが電磁誘導だ。その実験では、もともと磁性がない銅線なのに、コイルの形状に加工したことによって、磁石が作り出した磁場を打ち消す磁場を発生させていた。

 これと同様に、透明な材料に光の波長よりも小さな金属コイル(磁気共振器)を大量に作りこめば、光の磁場の波を打ち消すような磁場を生み出すことができる。対象とする光の波長(可視光では約400?700nm)にあわせ、それよりも小さな磁気共振器を敷き詰めれば、比透磁率を制御して屈折率が1未満のメタマテリアルが実現するはずだ(図2)。

photo 図2 人工的な超微細磁気共振器により磁場を生成(資料提供:理化学研究所田中メタマテリアル研究室)

微細なコイルを製造する方法を発明

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