押さえておきたい交渉術の勘どころ(その1)レイコ先生の「明日から使える! コミュニケーションスキル」(7)(2/3 ページ)

» 2014年09月24日 10時00分 公開
[小山新太/MPA所属 中小企業診断士,MONOist]

己を知り、相手を知る

 「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という孫子が残した有名な言葉がありますが、交渉において、まず大切なのは「己を知る」と「相手を知る」ということです。「己を知る」というのは、人間には感情があるため、交渉の現場では論理よりもその場の雰囲気や一時の感情(心理的バイアス)に流されやすくなるということです。そのため、自身がどのように感情に流されてしまう危険性があるかをあらかじめ理解しておくことが大切なのです。

 交渉術で有名な心理的バイアスに「アンカリング」というものがあります。アンカリングとは、「相手に提示された情報が基準点となって判断に影響を及ぼす心理的傾向」のことです。

 例えば、「通常価格6万円→50%引きで3万円」という価格表示の商品があった場合、その商品が自身にとって3万円の価値があるのかを考えてから購入するのが合理的な判断となりますが「通常価格6万円」という情報が基準点となり、「50%も値引きされているからお買い得」という判断をしてしまう危険性があるということです。おそらく、誰しもが一度くらいはこのような衝動買いを経験したことがあるのではないでしょうか。

顧客: 「20%の値引きをしていただければ、御社と契約できると思います」

営業担当: 「20%は厳しいので、15%ではどうでしょうか?」

 上記の会話は、ビジネスの現場では良く見られる光景ですが、これもアンカリングの罠(わな)に陥っています。「20%の値引き」ということがアンカー(基準点)となってしまい、値引きを行うことが前提となってしまっています。本来ではあれば、値引き以外にも契約を結んでもらうための選択肢があるかもしれないのに、「値引き率をいくらにするのか」ということが交渉の論点になってしまっています。アンカリングという概念を知っているだけで、交渉の現場でも「あ、これはアンカリングかもしれない」と自身の状態を客観的に見られるようになり、不利な立場へと追い込まれることを防いでくれるのです。

 交渉の現場で陥りやすいもう1つの心理的バイアスに「合意のバイアス」があります。交渉の担当者は、交渉相手だけではなく、味方である社内(上司など)からもプレッシャーにさらされています。そのため、「早く合意してこのプレッシャーから解放されたい」という思いにとらわれてしまう危険性があります。そうなってしまうと、自社にとって不利な条件にもかかわらず譲歩して合意してしまうことがあります。

 そのような時、交渉担当者は「今後も相手と良好な関係を築くために、今回は譲歩しました」というような自己を正当化するコメントをすることが多いのですが、これでは交渉担当者の役目を十分に果たしているとはいえません。交渉は合意をすることが目的ではありません。自社にとってメリットがない場合は「合意をしない」という選択肢があることも交渉担当者は頭に入れておかなければならないのです。

 次に「相手を知る」ですが、交渉相手は、さまざまな交渉戦術を用いて交渉に臨んでくることがあります。そのため、交渉戦術にどのようなものがあるのかを理解しておくことで、交渉相手の術中に陥ることなく交渉を進められるようになります。今回は、代表的な交渉戦術として3つほど紹介します。

(1)グッドコップ・バッドコップ

 グッドコップ・バッドコップとは、同情的な態度を示す役(グッドコップ)と敵対的な態度を示す役(バッドコップ)の2人が1組となって交渉をするという戦術です。対照的な2人を登場されることで、交渉相手がグッドコップに好意を抱くように仕向け、グッドコップの発言を受け入れやすくするのが狙いです。刑事ドラマに例えると、若手の刑事(バッドコップ)が、荒々しい態度で自白を迫った後に、ベテランの刑事(グッドコップ)がやさしく自白を諭すというようなイメージです。

 ビジネスの現場では、交渉相手が、たとえ1人であっても、「私は良いと思うのですが、上司は非常に厳しい人なのでこの条件だと納得しないと思います。なんとかなりませんかね?」といった形で、バッドコップ役を意図的に作り出して、有利な条件を提示してくることもあります。交渉を重ねれば、重ねるほど、交渉相手(グッドコップ)に対して感情移入してしまう危険性があるため、交渉相手の背後にある環境を含めて冷静に判断することが大切です。

(2)ドア・イン・ザ・フェイス

 ドア・イン・ザ・フェイスとは、真の条件(要求)を通すために、最初に相手がまず承諾しないであろう条件を提示し、相手が拒否した後に、譲歩する姿勢を見せながら真の条件を提示して合意を求めるという戦術です。この戦術は、相手が譲歩してくれたのだから、自分も譲歩しなければならないという人間心理を利用したものです。「譲歩してくれているのに断ったら悪いな」と思わせるということです。この戦術への対処法としては、交渉の最初の段階で無理難題な条件が提示された場合は、ドア・イン・ザ・フェイスかもしれないと疑ってみるとよいでしょう。

(3)フット・イン・ザ・ドア

 フット・イン・ザ・ドアとは、真の条件(要求)を通すために、まずは、相手が承諾しそうな小さな条件を提示し、相手からの承諾を引き出した後に、真の条件を提示して合意を求めるという戦術です。この戦術は、最初に承諾してしまったので、途中からは断りづらいという人間心理を利用したもので、ドア・イン・ザ・フェイスとは逆のアプローチといえるでしょう。フット・イン・ザ・ドアは、以下の例のように日常生活でもよく見られます。

店員: 「本日、ご購入いただけると10%オフになりますのでお買い得ですよ」

顧客: 「うーん、どうしようかな。まだ迷っているんですよね」

店員: 「それでしたら、予約だけでもいかがでしょうか?本日予約していただければ同じく10%オフになりますし、予約のキャンセル料もかかりませんので」

顧客: 「そうですか、それなら取りあえず予約だけでもしておこうかな」

 小さな要求を受け入れてもらった後に、徐々に要求をエスカレートさせていく戦術がフット・イン・ザ・ドアですので、交渉相手がトントン拍子で話を進めて来るときなどは注意が必要です。

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