“海のダイヤ”と呼ばれるクロマグロの生態は、まだ解明されていないことが多い。生身の魚を使っての分析には限界がある。近畿大学 農学部 水産学科の高木力教授は、その未知の生態を流体解析で解明しようとチャレンジし続けている。
マグロの中でも最高級とされるクロマグロ。2002年、近畿大学によるクロマグロの完全養殖が成功し、「近大マグロ」として話題となった。
現在、クロマグロの生態については、今もなお未知の部分が多いという。そんなクロマグロなどに流体解析を適用して、さらに生態を明らかにする取り組みを行っているのが、近畿大学 農学部 水産学科 漁業生産システム研究室 教授の高木力氏だ。
マグロはサバやカツオ、カジキなどと同じサバ科に属する外洋に生息する大型の回遊魚だ。その中でもクロマグロは全長が3m、体重は400kgに達し、最大級である。消費量においては漁獲されるマグロの2%にすぎないが、“海のダイヤ”とも呼ばれる最も市場価格の高い魚だ。高木氏らは流体解析ツールを使って、クロマグロの遊泳能力に関するさまざまな解析を実施した。
マグロの泳ぐ速度は非常に速い。キハダマグロの場合は75km程度だが、速いものでは時速90kmになるともいわれる。「水中最速の動物」といわれるバショウカジキは時速108km。泳速にかけては、海中の生物でマグロはトップクラスだといえる。
これだけ高速で、かつ長距離を移動することから、抵抗が非常に小さいと予測される。だが生身の魚を使って抵抗を求めることは非常に難しい。そのため流体解析を活用することにしたという。
流体解析ツールで加速せず慣性で水中を進んでいるグライド(滑空)状態における抵抗を見積もったところ、体長34cmのマグロの場合5gだった。これは流れに対して回転軸を垂直に置いた状態で、高さ15cmの円柱に換算すると、直径3mmの細さに相当する。さらに体長100cmの場合でも400g、円柱換算で直径30mmと非常に小さいことが分かった。
さらに尾ビレを動かした場合のシミュレーションも行った。実際のマグロの動きをカメラで撮影し、各点の動きに周期関数を与えて近似して、滑らかな動きをバーチャルで再現した。これによって尾ビレの推進力や、翼の代わりをする胸ビレを開いた場合の揚力などさまざまな解析を実施した。
「これらの生物の形を流体解析を通して見ると、非常に面白い」と高木氏は述べた。
またマグロは進むときに真っすぐではなく、山を登っては下りるように、上向きに泳いではグライドするという繰り返しの泳ぎ方が観察されていた。その物理的な裏付けが流体解析によって得られたそうだ。バイオロギングのデータも使用して解析を行ったところ、実際に山形の進み方によって、移動に必要なエネルギーを10〜20%も減らせることが分かったという。今までグライドは「休むためだろう」といった程度の定性的な理解だったが、「省エネのための移動戦略だった」ことが定量的に裏付けられたということだ。
高木氏が生物の行動を物理的に読み解く面白さに目覚めたのは、ヒラメの解析がきっかけだという。もともと高木氏は工学的な分野が得意で、マグロなどの漁に使われる巻き網などの展開のシミュレーションを研究していたという。そんなこともあって、ヒラメの行動の解析を依頼される機会があった。
ヒラメの抗力や揚力を流体解析ツールで計算し、安定してグライドできる角度を計算したところ、実際の観察と値が見事に一致。魚類でも乗り物のように計算と一致した行動を取っていることが当時新鮮だったという。
解析では約10年前からソフトウェアクレイドルの流体解析ツール「SCRYU/Tetra」を使用しているという。同ツールを選んだのは、国内で開発されたソフトであり、かつ使いやすかったからだ。流体解析をしたいと考えたものの、解析ツールを開発するのは負担が大きかったためパッケージ製品で使いやすいものを探していたところ同ツールに出会った。
使いやすい上に購入後のサポートも充実しており満足しているという。絶対値を求めることは難しいが、迎角2°と4°での抵抗の違いなど、相対的な比較には有効だ。
「サメ肌とヒラメの表皮での比較となると乱流が関わり、乱流モデルの組み込み方で解が変わってしまうので、まだ使うのは難しい」というが、「最近はコンピュータの性能も向上し、価格も落ち着いて研究費でも購入しやすくなってきた」というように、使用する環境も整ってきたといえそうだ。
「実験ではアバウトな数値しか出せません。この分野で非接触でデータを出すにはシミュレーションしかありません。今や欠かせないツールです」と高木氏は言う。
高木氏は、将来、漁業にもっとICT(Information and Communication Technology)を活用していければという。農業分野では環境のモニタリングや農作物の観測などにICTの活用が進んでいる。だが水中の世界では水深も広さもあり、観察することすら簡単ではない。だからこそ魚の行動のシミュレーションや網の展開などはICTの有望分野だ。
生物の行動を解析できれば、適切なサイズのみを、速度や行動パターンを利用して捕れるようになるかもしれない。これらを基に種類に応じた適切な漁獲方法が確立されれば、水産資源の効率的な利用や安定した再生産に結び付けられる。高木氏らは、ICTを駆使した漁業のことを「スマートフィッシング」と呼んでいる。その実現のためにもシミュレーションをはじめとするICTがますます欠かせない技術になりそうだ。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2014年4月19日