設計者自身によるCAEの浸透・発展を阻んでいるのは、CAEソフトの煩雑になりがちなオペレーション(使い勝手の問題)や、ライセンス費や教育費など「CAEの運用コスト」。――日本機械学会 設計工学・システム部門による講習会で、企業や教育現場におけるCAE導入の課題提示や、ライセンス費の問題提起が行われた。
本記事では、日本機械学会 設計工学・システム部門が2013年11月に開催した「低コストCAE活用による設計検討手法の紹介」の内容をお届けする。本講習会では、企業や教育の現場における設計者自身のCAE活用を推進する取り組みや、ライセンス費など運用コスト問題の提起が行われた。
本講習会の1本目では、本田技術研究所四輪R&Dセンター 開発推進室 CISブロック主任研究員 工学博士の内田孝尚氏が「CAEを設計者が自ら行う設計仕様検討の動向」と題して講演した。
まず内田氏が委員長を務める産学連携活性化委員会の方針について説明した。同委員会では、日本の脱・デジタルデバイドをテーマにして、今後も講習会を展開していくという。本講習会も、その取り組みの一環だ。
デジタルデバイドとは、デジタルやITなどを使いこなす人と使いこなしていない人との間で生じるさまざま格差を示す。内田氏は3次元設計において、欧米と日本との間に大きな格差があると指摘する。日本の製造現場において、3次元データは普及してきているものの、2次元図面の存在意義はまだ大きい。一方、欧米では3次元データだけでモノづくりを進めるプロセスが進化している。「日本は、これまでのモノづくりが優秀だったことで、かえって最新のデジタル技術に対して動きが遅くなってしまったのでは」(内田氏)。
デジタルデバイドが生じてしまっている1つの要因が、全世界の製造業でメジャーな3次元CADやCAEの多くが欧米ベンダー製であることだという。欧米製のソフトは日本語化もされており、日本国内の製造業においてもメジャーとなっているが、日本にとっては、特にライセンスコスト面でどうしても不利となってしまう。
欧米ベンダーのCAEのライセンス体系は時代に合わせて見直されており、ライセンス費も少しずつに落ちてきてはいる。ただし欧米ベンダーのツールのライセンス費には、各国の経済状況によってカントリーファクターが設定される。全世界的に見れば経済的に裕福である日本については、欧米で利用するよりも割高で使わざるを得なくなってしまう。
またCAEは特殊な専門知識が要求され、オペレーション習得や人材育成で多額の投資も必要となる。よって、資金のある大手・中堅メーカーでは普及してきているものの、中小企業ではまだ導入に二の脚を踏んでいる企業も多い。
近年、製品設計が複雑化したことで、「設計者が解析専任者に解析依頼を出す」という、CAEの分業制が製造業の設計開発現場で広がり、その代償として解析と設計、双方のやりとりにおけるリアルタイム性が損なわれてきた。内田氏は「設計のポテンシャルは設計初期段階にある」とし、設計者と解析専任者、それぞれが取り組む部分を明確にした上、設計者自身による設計初期段階でのCAE活用が有効だと説明した。実際、設計開発現場でもそのような運用が認知されてきている。
しかし、そのような設計者自身によるCAEの浸透・発展を阻んでいるのは、CAEソフトの煩雑になりがちなオペレーション(使い勝手の問題)や、ライセンス費や教育費など「CAEの運用コスト」であると内田氏は指摘する。
>>ITmedia Virtual EXPO 2014 春の内田氏の講演「CAEを設計者が自ら用いて行う設計仕様検討とその動向」も併せてご覧ください。
数少ない日本のCAEベンダーとして、十分な機能を有しつつライセンスの低価格化に奮闘している1社が、ムラタソフトウェアだ。同講習会では、同社の「Femtet」のオペレーション講習が実施された。
同社は村田製作所の子会社。Femtetは、村田製作所の内製プログラムとして長年運用してきたものを外販しているものだ。同製品は、基本パックが19万8千円〜。日本国内の製造業で着実に導入ライセンス数を伸ばしてきているという。
Femtetの開発に携わり、現在は営業に従事するムラタソフトウェア 営業企画部 販売推進課 兼 企画管理課 課長 辻剛士氏は以下のように述べている。「Femtetはいわゆる、『選択と集中』を徹底した商品。例えば、Linux未対応、クラスタ未対応、要素は四面体に限定、といった具合に、機能を抑え、『80%の顧客が満足できる』機能を提供したいと考えている。逆に使い勝手(UI)についてはヘルプや例題を充実させ徹底的に使いやすくすることを心掛けている。ターゲットを絞ることで開発コストを抑え、使い勝手をよくすることでサポートコストも抑えて、展示会とWeb広告を主体に営業活動を行うことで営業コストを抑えている。その結果として安く商品が提供できている」。
Femtetの生みの親である村田製作所 共通基盤技術センター CAD・CAE技術センタ 主席研究員 岡田勉氏は、過去、MONOistのインタビューで、日本製CAEの数が減っていった理由について、こう述べていた。
解析ソフトは、開発コストがたくさん掛かります。そのうえ技術者は、『すごいソフトを作るぞ!』と張り切りすぎて、数学的な解析理論だけを追求してしまう傾向がどうもあります。いってしまえば、“独りよがり”。だから開発コストばっかりかさみ、その割にあまり使われないソフトを作っていってしまうんですね……。だから、いつの間にかどこの会社さんもみんな開発をやめてしまったのではないかと思います。
キャドラボ 取締役 栗崎彰氏は、「オープンソースCAEの動向と設計現場での活用」と題して、オープンソースやフリーソフトウェアの実務での活用について語った。自ら無償3次元CADやオープンソースCAEを体験して評価した。
オープンソースソフトウェアのメリットについては「ライセンス費が掛からない」「ソースが公開されている」「コミュニティーからのフィードバックが得られる」「最新技術に対応している」などを挙げた。一方、そのデメリットについては、「責任の所在が明らかではない」「導入のための所在が明らかでない」「導入のための負担が大きい」「サポートやドキュメントが手薄」「全体の整合性が取れない」などを挙げた。
CADについては、2D、3D共にフリーウェアが登場してきている。「ニーズを超えた技術に、対価が支払われなくなる」と栗崎氏は述べた。開発元がいくら機能を盛り込んでも、売れなくなっていく。「3次元CADはまさにコスト競争の分岐点にいる」(栗崎氏)。また現在のCADは、従来通り相当のコストを掛ける「設計効率化ツール」と、無償で使う「形状作成ツール」に二極化され、住み分けがなされている。
CAEについても「LISA」のようなフリーウェアの構造解析ソルバーが存在する。無償で使える割に節点数が多いこと(無償版は1300接点が限度)と、使用時間制限がないことがメリットだ。しかし形状を扱うことが一切できず、節点、要素などの有限要素データしか扱えない。
またオープンソース構造解析ソフトの「SALOME-MECH」は、「Code_Aster」という解析ソルバーを構造解析向けに提供しているものだ。線形と非線形両方に対応し、動解析可能だ。しかしLinuxベースで開発されており、環境構築を含め、簡単に扱えるツールではない。
このように、無償ツールを活用するに当たっては、単に「無償である」ということにばかり目を向けず、機能的なメリット・デメリットにも冷静に目を向けていくべきである。製造業における無償ツール活用については、栗崎氏は以下3つの目的を挙げた。
オーダーエスティメーションとは、「解析結果に重大なミスがないかのチェックであり、必ず行うべき作業」と栗崎氏は説明する。その簡易な手段としては、材料力学で扱える程度の単純化した有限要素法モデルを用いて、無償CAEと商用CAEで導いた結果を比較し、双方が一致しているか確認する。ただし、「あくまで『正しく』解析が行われたかのチェックであって、『正しい解析』がどうかは分からない」とした。
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