市場競争が激化し、製造業においてもグローバルな大競争時代に勝ち抜く必要のある今日、ものづくりは大きな課題に直面しています。それは、いかにして「良い製品を」「タイムリーに」「安く」市場に投入するかということです。一般に「QDC」(Quality・Delivery・Costの頭文字)ともいわれますが、「品質向上」「納期厳守(短縮)」「コスト削減」が製造業の大命題となっているわけです。
しかし、良い製品を市場に投入するためには、入念な製品実験を繰り返す必要があります。もろもろの不祥事が報道されているように、安全基準などを満たさない製品を市場投入すると、製品のリコールで莫大な費用が発生するだけでなく、時には企業の存続すら危うくなるからです。その一方、実はこの品質向上のための入念な製品実験が、製造業の開発現場における大きな障壁であり、時間とコストを増大させる原因となっています。「品質向上」と「納期短縮」「コスト削減」という相反する命題をすべて満たさなくてはならないのです(図3)。
このような環境の中、製品の品質向上と開発サイクルの短縮を目指して、3DCADが普及してきました。3DCADは、物体の形状を立体的に描画・設計することによって、複雑な形状や曲線・曲面などを、視覚的に分かりやすく表現できます。また、1つの製品を構成している複数の部品をそれぞれ作成して3DCAD上で組み立てたり、完成した製品の可動部分を動かすことなどもできます。3DCADでは製品の立体形状を分かりやすく表現できるだけでなく、設計データの検索や再利用、モデリング時間の短縮化、実際の組み立て工程や完成品の動作検証などができるため、利用が拡大しています。3DCADが設計現場における重要な手法・ツールとなってきているのです。
また3DCADと同様に、製造業の企業では、設計段階における高精度なCAEへの期待、また設計者によるCAE活用への課題意識も急速に高まってきています。3DCADの設計データをCAEで検証することで、実際の試作・実験回数を減らし、コストを劇的に削減し、開発時間を大幅に短縮することが見込まれるからです。良い製品をタイムリーに安く市場に提供するためには、また海外を含めたマーケットで企業活動を維持・発展させるためには、3DCADやCAEの戦略的な活用が必須となってきているといえます。
こうした状況を背景に、CAEの市場規模は急速に拡大してきています。現在の日本国内のCAE市場規模は1000億円程度といわれ、主に「機械系」「電気・電子系」「光学系」「制御解析系」の4分野でマーケットの9割を占めています。ここ5年間で1.5倍程に膨らんでおり、今後も拡大していくことが予想されています。アメリカの市場規模がおおよそ4000億円規模、ヨーロッパも加えた全世界では7000〜8000億円程度です。CAEは全世界でますます普及が進むと思われます。
それでも冒頭に書いたとおり、設計現場ではCAEがなかなか活用されていません。それはなぜでしょうか?一般に、設計者向けCAEを導入する際には以下の3つが期待されますが、本当に効果が出ているのであれば設計者の行うCAE解析が定着し稼働率も向上しているはずです。それが定着していないとすると、どこかに理想と現実のズレが発生しているのです。ここでは、当たり前と考えられている下記の1つ1つについて、少し考察してみましょう。
CAEの多様な環境設定を使うことで、さまざまな要素を容易に検証できます。例えば「温度が100万度だったら」「重力が1万倍だったら」「ミクロレベルのサイズでは」「宇宙空間では」などの特殊な環境下での検証、または「材料内部の応力」や「オイルタンク内部の流れ」など実際には見ることのできない環境下での検証、さらに「100万分の1秒ごとの挙動」「自動車の衝突時の挙動」「核実験」などの再現が困難であったり実験が危険である事象の検証などです。
設計者向けCAEではここまで高度な解析を行うことはほとんどなく、通常は線形の構造解析や伝熱解析を行う程度です。その代わり、設計初期段階では、まだ設計仕様が固まっていないため、さまざまな設計パターンの検証を行うことができます。後工程で問題が発覚した場合、構想設計に問題があったとしても、そこまで戻ることは、コスト的にも開発時間的にも難しく、対策がツギハギとなり安定性を欠く可能性があります。しかし構想段階でCAEによる検証を十分に行い、最も安定した品質を保てる製品仕様を確定できれば、このリスクを最小限に抑えることができるのです。けれども、設計者によって解析された結果は本当に品質向上に貢献しているのでしょうか?
条件を何度も変えながら試作実験を行うのは非常に時間がかかりますが、CAEでは解析条件をコンピュータ上で変更するだけで、簡単に新しい条件下での挙動をテストできます。また、一般にフロントローディング開発では、設計への手戻りを抑えることができ、開発のリードタイムを短縮できるといわれています。しかし、いままで実験をしていたのは設計者でしょうか? また、設計者は手戻りが減ったことを実感しているのでしょうか?
試作実験の低減や手戻りの減少など、CAEを用いて正しい解析を行うことができれば、設計者が使おうと解析専任者が使おうと、コスト削減効果があることは明白です。設計者が解析を行うことで、人材不足である解析専任者の雇用が抑えられるかもしれません。さらに実験に掛かる材料費を含めた各種の費用が軽減できます。でも、これは設計者に直接的に実感できることなのでしょうか?
つまりさまざまな効果を期待しつつ導入したものの、実際にCAEを利用する設計者自身はそのメリットがなかなか実感できず、またその有効性を判断するための指標もはっきりとしていないため、「やれば効果がありそうなのは分かるけど……」とは思いながら、結局は日々の設計業務に追われて解析にまで手が回らなくなってしまうのが現実なのではないでしょうか?
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