ある機器メーカーの改善推進担当者の話。彼はもともとソフトウェアの開発を行っていましたが、ある日、上層部から改善推進の担当に任命され、対策を講じるよう指示を受けました。
担当者は渋る開発者たちを招集してミーティングを開いたり、メンバーに意見を聞いたり、現状の把握に奔走しています。
改善推進担当者 「文句や無責任な意見なら、いくらでも出てきますよ。でも、自分の置かれている境遇や仕事の内容に関することばかりです。こんなバラバラな状況で、よくいままでやってきたなという感じです。笑っていられませんけどね。対策としてまず何をすればいいかが、まったく分かりません。何かしなきゃいけないとは思うのですが、開発手法が人それぞれで、いきなり共通のルールなんてとても作れませんよ」
さらにこの担当者は、メディアや企業が企画するセミナーに参加したり、プロジェクトマネジメント関連の本を読んだり、メンバーへの教育を検討したり、プロジェクト管理ツールを調べたりしているとか。
改善推進担当者 「いろいろなものを調べているのですが、どれもこれも、ごもっともなんですね。あっちのセミナーに行けば、そのやり方が良さそうだと思い、こっちの本を読めばこの方が良さそうだと思う。でも結局、いま何をすることが一番いいのか分からないんです。」
ベテラン技術者にも聞いてみました。まさに「職人」という名がぴったりの人です。
改善推進担当者 「改善といった途端に、彼の顔付きが変わりました。自分のやり方でちゃんとプロジェクトはクローズしているのだから、それでいいじゃないかというのです。忙しいのに改善なんて始めたら、いままでの効率では仕事ができなくなると。これも、ごもっともなんですよ。最初は効率が落ちるだろうとも思います。それに、彼には彼のやり方に自信もプライドもあるだろうし」
このような話は、最近特に目立つようになりました。個人の才能を生かして、小規模の開発をしていた体制のまま、規模だけが大きくなって、ルールらしいルールもない。改善したくても、グループや組織という視野に立つと、何が問題なのかが見えない。もっといってしまえば、「改善」に手を付けたら良くなるという確証も持てない。そのうえ、いままで何とかやってきているという実績もある……。
能力のある担当者なら、その人の独自手法でも効率が上がるのは事実です。ただしそれは、部分最適化にはなっても、会社全体の開発効率を底上げすることにはつながりません。
一番気の毒なのは、改善を指示された担当者です。彼自身は、ミッションに従って一生懸命やっているのですが、いまだ光は見えず、そのうえ現場から煙たがられるといった散々な状態です。
さて、いくつかの例を見てきましたが、読者の皆さんも、似たような経験をされたことがあるのではないでしょうか。
問題があるのは分かっているが、どうしていいか分からない。
これらは、「個人に依存している」ことに起因する問題です。そして今回紹介した現象は、ほんの一例です。しかし、いままでのやり方や考え方が、すべて間違っていたわけではありません。いままでは、それが一番効率の良い方法だったのも事実でしょう。また、「良い仕事がしたい」という職人気質は、これからも組み込み業界の成長を支える大切なキーになるでしょう。さらに、ソフトウェア工学的なアカデミックな知識だけでなく「経験」も重要なスキルであることは間違いありません。
ただ、組み込み市場の拡大が続いていくことを考えると、従来の開発手法のままではいつか破たんしてしまいます。「頭の中に入っている」「だいたい予測がつく」「話せば分かる」といったスタイルだけでは、効率にも品質にも危機がやって来ます。まずは問題点を明確にして、次の一歩を考えなければなりません。
今回は、組み込み製品市場の急速な拡大によって起こっている問題の要因を、「個人への依存」という視点から見てきました。しかし、問題の要因はほかにもあります。その話題は、次回に。
最後に、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)のソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)が行った、「2005年版組込みソフトウェア産業実態調査」から、ある結果をご紹介します。
組み込みソフトウェア開発者が、現在の仕事について、自分自身でどのように思っているか、世の中からどのように見られていると思うかを調査したものです。以下、IPA報告書の文章を、そのまま引用します。
世の中からは自分たちが思う以上に「かっこわるく」「お金がもうからず」「トレンディでない」と思われていると感じていても、世の中が思う以上に「やりがいがあり」「面白く」「社会の役に立ち」「充実感のある」「知的な」仕事だと自負している。
皆さんはいかがでしょうか。(次回に続く)
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