第20回 暴風をそよ風に変える――減風・発電風車とCFDの関わり:東北工業大学 野澤壽一助教インタビュー
東日本大震災の大津波で失われた防風林の代替ともなる「減風・発電風車」を研究開発する東北工業大学 環境エネルギー学科 助教 野澤壽一氏が、その研究開発に込めた思いや、CFD(Computational Fluid Dynamics)との関わりを語った。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の大津波で、東北沿岸部にあった防風林の多くが失われた。現在、防風林を復元しようと少しずつ植林を試みているが、その苗木が成木になり、防風林として機能するには何十年もかかるといわれる。その間、沿岸部に住む人々は、海から吹きつける強風にさらされて生活しなければならない。強風は建物の破損の原因にもなり、事故も引き起こす恐れもあり、農作物へ被害も及ぼす。
失われた防風林の代わりとなるユニークな風車を研究・開発するのが東北工業大学 環境エネルギー学科 助教 野澤壽一氏だ。この風車は、風速を約10分の1、風圧力換算で約100分の1まで減らすことが可能だ。減風するだけではなく発電もできる。現在、野澤氏の地元である仙台市の荒浜の防風林を復活させるべく、減風・発電風車の試作機を設置し、地元企業とともに実証実験を行っている。
東京エレクトロン宮城では現在10台の減風・発電風車が稼働している。同社は付近の山からやってくる強風に悩んでいた。時に風速10メートルにも及ぶという強風で、門扉が吹き飛ばされる、風にあおられた従業員が転倒するなどの実害が出ていた。荒浜での実証実験の話を耳にしたことがきっかけで、同社は減風・発電風車の設置を検討したという。
もちろんこの減風・発電風車は被災地や山間だけではなく、都会のビル風の軽減にも応用可能だ。「強風で困っている」ところでの活躍が期待できる。
風車を「風を弱めるため」に使うということ
風車といえば、まず「風力発電」をイメージするもので、「風を弱める」ために使おうとは思いつかないものだ。風車を介すると風速が弱くなることは、その研究に携わる人なら誰もが知っている現象だというが、その性質を積極的に利用しようと考える研究者は野澤氏以前にはいなかった。
そもそも野澤氏がこのような研究をしようと思い立ったのには、同氏の過去の経歴が関係する。同氏のもともとの専門は機械工学や流体工学ではなく建築構造で、若かりし頃は台風や竜巻などの強風による建物被害調査に携わっていた。毎年、被害報告書を作成する中で、建物の強風被害を受ける場所には共通点があることに気が付いたという。
「強風被害を特に受けやすいのは、風速(風圧力)が強くなるところ。その風が強くなる部分に風を弱めるような装置を取り付けたら、強風被害は減るのでは? と考えたのです。当時(2000年ごろ)、小型風力発電がブームになりつつありました。そこで、『風車を付ければ風も弱くなるし、発電機を付ければ電気も起きて一石二鳥』と考えたわけです」(野澤氏)。
しかし当時の小型風車はプロペラ式風車が主流。プロペラから発する騒音や、建物に設置するにはデザインが合わないなど問題もあった。そこでダリウス型縦軸風車を改良した、建物専用の「直線翼水平軸風車風力発電装置」の開発をスタート。当時の実験では、発電効率が20%程度にしか満たなかったものの、減風効率が著しく良いことが判明した。「発電のことは少し置いておいて、減風性能を高めれば、世界中の強風で困っている人々の役に立つのでは? と考えました」(野澤氏)。
「風を弱める」ニーズは本当にあるのかと、野澤氏が小型風力発電装置のユーザーを対象に市場調査を繰り返したところ、実はその多くの人が「実は、強い風(の害)で困っていた」ことが明らかになったという。その結果に背中を押される形で、減風・発電風車の本格的な研究開発が始まったのだった。
「風速を弱める、つまり外力を弱めると言う考え方は、なかなか受け入れられません。当時も今でも、強風に対しては、耐力(強度)を上げると言う考え方が一般的な常識なんです」(野澤氏)。耐力を上げることが一般常識だとしても、古い建物や、被災地の傷んだ建物にはそれが適用できない。野澤氏は、被災地における減風・発電風車活用のニーズを見出し、荒浜での実証実験をするに至った。
実験屋とCFDの付き合い
野澤氏による減風・発電風車の研究開発でもCFD(Computational Fluid Dynamics)によるシミュレーションが活用されている。CFDは実験では計測不可能なこと、例えば風車であれば「羽根の中に風速計を入れる」などを条件として詳細な検証ができる。「風洞実験前に定性的な流れが把握できる他、実験で測定不可能な部分も補完できる点がありがたい」と野澤氏は言う。
「最近は、境界条件やパラメータを1つ1つ使えて計算することにより、『何が足りないのか?』『何が重要なパラメータなのか?』を検討するにはCFDが最適ではと考えています」(野澤氏)。
今回の研究では、「どうして風車で減風できるのか」を解明する手掛かりを探るためにCFDを活用している。流体力学の世界には科学的に解明されていない現象が数多く存在するが、風車による減風もそのうちの1つだと野澤氏は説明する。
野澤氏は基本的に「実験屋」。CFDはもともと「実験の前段階の予測程度」にしか考えていなかったという。「昔、風洞気流に雪粒子を模擬した粉体を供給し、吹き溜まりなどの積雪状態を再現する風洞実験をしていましたが、ちょっとした実験条件の違いで実現象と違った結果になり、大変苦労しました」(野澤氏)。風洞実験にしてもCFDにしても、限られた境界条件下でのシミュレ−ションは、定性的には合っていても、定量的には実現象を再現するのは難しいのではと野澤氏は考えていた。しかし今は、CFDに対する考え方が少し変わった。
「不得意なことはしないで、協力を仰ぐ。これが私の持論です」と野澤氏は言う。今回のCFDシミュレーションにはソフトウェアクレイドル(以下、クレイドル)が協力している。「自分の得意な部分に集中することができ、研究がより速く、効果的に進められました。私とは違う視点を持つクレイドルの技術者から生まれた発見も結構ありました」(野澤氏)。
クレイドルの技術者にとっても、「減風」というテーマに取り組むのは初めてであり、チャレンジングなことだった。さらに野澤氏は、「風を発生させ、羽に対して強制的に回転数を与える」のではなく、「『羽によって風が発生する』という実際の現象の再現」をクレイドルにリクエストした。難題ではあったものの、野澤氏とクレイドルの努力により、CFDによる仮説の再現にこぎつけた。野澤氏の研究成果がテレビ番組で取り上げられた際にはその解析結果が使われたが、減風の現象を視聴者に分かりやすく伝える助けとなった。
「やはり、自然風下での性状、実現象・ファクト(事実)が全て。風洞実験とCFDとが相乗効果を発揮して、自然現象を再現できれば、私が取り組んでいる強風制御のような技術も加速的に進歩するでしょう」(野澤氏)。
CFDが人々に「心地よさ」を届ける手助けに
野澤氏は、環境・エネルギー分野でのCFDソフトウェアの未来のイメージについて、こう述べている。「例えば、建物の屋上や敷地に、いろいろなメーカーの風力発電装置を自由に設置して、発電量予測アイコンをクリックすれば、その地域の過去の風速・風向データを即座に読み込み、年間発電量の予測ができ、さらにはその風力発電の注文もできる。あるいは、私が開発している減風・発電システムを自由に設置して、『風環境アイコン』をクリックすれば、どの程度風が弱くなるのかが瞬時で分かるなど、などさまざまな分野と融合した『心地よさ創造ソフト』ができればよいですね」。
暴風をそよ風に変換し、「心地よい環境づくり」のための研究に日々取り組む野澤氏だが、人々へ「安全・安心」と「心地よさ」を届ける・広げるためのツールとしてCFDが活躍することも大いに期待しているということだ。
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