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第13回 あの「下町ボブスレー」でもCFDが最適化設計で活躍カウルの抵抗係数をいかに抑えるかが肝

「氷上のF1」ボブスレーに、東京下町の製造業とレースカーメーカーが挑む「下町ボブスレー」ネットワークプロジェクト。日本の誇る製造技術と設計技術を融合し、世界最高の車両を目指す。数値流体解析(CFD)も、その設計を強力にバックアップしている。

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 「下町ボブスレー」ネットワークプロジェクトについて、テレビ番組などで耳にしたことがあるという方も多いのではないだろうか。ボブスレー競技は、「氷上のF1」と呼ばれる。このプロジェクトでは、モノづくり企業の集積地である東京都大田区の中小製造業が中心となって国産のボブスレー車体を製作し、2014年にソチ(ロシア)で開催する冬季五輪を目指す。その1号機は、2012年12月に長野市で開催された全日本選手権の女子の2人乗り競技で活躍。その女子選手たちは本大会で3連覇を飾った。現在、同プロジェクトでは男子2人乗り用の車体開発を進めているところだ。


 カウルを形成する炭素繊維強化樹脂(CFRP)の成形、ボブスレーの足であるランナーを作り上げる精密切削加工など、F1カーと同等の要素技術が必要とされるボブスレーの車体製造には大田区内の企業が持つ高度な加工技術が期待されている。そして、最高の性能を引き出すための車体設計で大役を果たすのが、流体数値シミュレーション(CFD)である。

 ボブスレーの最高速度は時速130〜140kmまでに達する。そのように高速な走行においては、車体設計の完成度も競技の勝敗を大きく左右する。そこで、このプロジェクトには大田区内の製造業だけではなく、東京大学や、レースカー開発で定評のある童夢の子会社である童夢カーボンマジック、それに国産流体解析ソフトベンダーであるソフトウェアクレイドルが参画し、車体設計や流体解析の技術面で支援した。

 車体のカウル設計において中心的な役割を果たしているのが、童夢カーボンマジックだ。このプロジェクトにおける開発は、車体の風洞実験、ベース形状作成、さらに最適化設計を経ての最終形状決定、そして実機製作という流れで進めてきた。同社では実物による実験と併せて、ソフトウェアクレイドルの熱流体解析ソルバーである「SCRYU/Tetra®」をフル活用してバーチャルな検証も実施する。まず、ボブスレーの形状を3次元CAD「CATIA V5」でモデリングしてから、SCRYU/Tetra®で解析を実行。その解析結果をベースに形状を修正していくというプロセスだ。

 モータースポーツと同様に、ボブスレーの車体設計においても大会のレギュレーションが大きく影響する。レギュレーション内で最適化設計を進めるため、図1に示すように全部で14の設計パラメータを設定し、それらのパラメータを振りながら解析を幾度も繰り返し、最もパフォーマンスが発揮できる形状を選定した。


図1 14の設計パラメータ

童夢カーボンマジック 代表取締役 奥明栄氏

 その目的関数には、抵抗係数であるCD値と揚力係数であるCL値を設定。童夢カーボンマジックの社長で、今回のプロジェクトにおいても積極的な役割を担う奥明栄氏は、「レース用の自動車の設計においては第一にダウンフォース、次に抵抗という順番で検討を進めるのですが、ボブスレーの場合にはプラスのCLが発生してソリを持ち上げるようなことがなければ、直接的な影響はそれほど大きくはありません。一方、CD値が低ければ低いほど、走行のタイム向上が期待できます。よってCD値低減を中心に設計の最適化を進めてきました」と説明した。

 ボブスレーの機体は左右対称な形状をしているため、ハーフモデル(半分の形状)のみを作る。その要素数は約1000万要素、節点数は250万のモデルを用いて、48CPUの計算機を用いて1ケース当たりの解析時間に1時間半ほど掛けた。解析により得られたCD値とCL値の関係をベースに形状を修正していくが、その一例としてノーズ部分の形状の設計を挙げる(図2)。


図2 ノーズ部の解析結果

 普通、より鋭くとがったノーズ形状の方が抵抗値を低く抑えられるのではないかと考えがちかもしれない。しかし今回解析をした結果では、シャープな形状のノーズよりも、丸まった鈍頭ノーズの方が、車両後方まで含めたときで低圧力の領域が狭まるという。要するに後者の方がCD値が低いという結果が得られたということだ。

 このような形で、解析結果を実際の形状のモデリングに的確に反映することで、効率的な開発へつなげた。その結果として、CD値をオリジナルの現行機種からは20%以上、さらにその後に開発されたベース機種と比較しても10%近く削減することに成功した。

 奥氏は、新車両の実機をテストした際、それに乗り込んだパイロットが最初に放った「このソリは滑る!」という言葉で、自分らの開発の方向性に自信を持てたと述べた。「自動車のレースでもそうなのですが、ドライバーが新しいクルマを試したときの最初の一言は、『開発が本当にうまくいっているかどうか』を知るための重要な手掛かりです」(奥氏)。

 2012年3月から既存機種のリバースエンジニアリングを開始し、SCRYU/Tetra®による既存機種の解析を同年4月に実施。その後、ベースモデルの設計と解析をして、その結果に基づいて形状最適化まで行った。そして同年7月には製造に取り掛かることができるほどのスピード感を持って開発を進めてきた。これは、車体設計の経験が豊富な童夢カーボンマジックとSCRYU/Tetra®という強力なツールのコンビネーションが大きく貢献していることは間違いないだろう。

 奥氏は、「ボブスレーの性能を上げるための要素1つ1つについては分かってきました。これからの課題は、それらの要素の最適なバランスを見つけ出すことです」と語る。過去の冬季五輪で、ボブスレー日本代表が獲得した最高順位は12位。ソチ五輪では、その順位を大きく上回ることを目指し、車両設計のさらなる最適化を目指す。

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提供:株式会社ソフトウェアクレイドル
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2013年3月31日

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