熱設計でよく使われる解析の機能とメリット:拡がる電子機器設計の熱対策
多層化高密度化するプリント基板の配線パターンを反映した放熱分布を細かく見たい、あるいは放熱ファンモジュールの小型化と高効率を同時に実現したい-そのような課題を抱える電子機器の設計チームにとって、流体解析ツールによる熱設計の検討は、身近で必須の開発プロセスになりつつある。
2010年10月30日から11月27日までの毎週土曜日、朝日新聞の朝刊に、4回にわたってD社のオイルヒーターのシリーズ広告がカラーで掲載された。
「オイルヒーターを科学する」と題したこのシリーズは、第1回輻射熱編、第2回睡眠編、第3回温度ムラ編、そして第4回が室内環境編といったぐあいに続き、シリーズを通して穏やかで体にやさしい暖房器具としてのオイルヒーターの特徴とメリットを紹介する内容となっている。
この広告が目を引いたのは、土曜日の一般紙朝刊の紙面上に、熱流体解析の図が多用されていたことだった。
見えない流体現象を可視化
第3回温度ムラ編を例にとってみよう。紙面には、「室内の温度分布」、「壁面温度の比較」、「暖房による対流の比較(風速)」というテーマに対応して、オイルヒーターとエアコンを置いた部屋の中の温度分布状況の比較図が3組あり、そこに計6枚の熱流体解析図が用いられている。
老人夫婦、主婦、受験生、週末の休みに一息つく会社員、この冬の室内暖房が気になり出した読者は誰であれ、これら室内の温度分布図の比較を通して、エアコンよりもオイルヒーターを使った方が、室内の温度ムラや温度差が少なく、暖房効率に優れ、さらにオイルヒーターの場合、本体からの自然対流を除き室内の空気にはほとんど動きがないこと、その結果、部屋がほぼ均等に暖まり体への負担をかけず快適であることなどが理解できる。
目にはみえない熱流体の現象を可視化し比較する手段として、熱流体解析シミュレーションツールの説得力は、すでに科学技術やエンジニアリングとは日頃縁のない人々にも通用するところまできている、という思いを深くする一例であろう。
さて、電子機器の開発設計の領域に目を転じると、熱対策を開発の初期段階から取り込む設計チームが大幅に増える傾向にある。民生家電、情報通信、モバイル機器、オフィス事務から公共設備にいたるまで、昨今の多様な電子機器の開発は、コンパクト化と高性能化、高信頼性を同時に追求しており、その結果、機能と実装の複雑化、高密度化、高集積化が進んでいる。このため、機器の熱対策が開発設計の様々な段階で、様々な角度から検討される必要が生じてきている。
電子機器の熱対策の入口
新機種の開発サイクルがますます短縮化される傾向のなかで、電子機器の設計者や設計チームは多様な追加要件に応えることが求められている。ただでさえ忙しい設計業務はますます忙しくなる。避けて通れない検討課題に作業を絞りたい。数値流体力学(CFD)を使った開発検証のフロントローディングもその一つ。電子機器の設計チームは、熱設計のための解析シミュレーションも、基本設計プロセスの一環として作業に取り込みつつある。
設計チームが設計プロセスのなかに熱対策を取り込むために、できるだけ設計者の業務に配慮した熱流体解析ツールの開発が求められる。この要求に応えて、最近の「設計者が使う熱流体解析ツール」は、様々な使い勝手の良さの工夫や機能を提供している。
電子機器筐体の熱設計専用パッケージ「熱設計PAC」をはじめ、熱流体解析ツールを日本で開発し供給しているソフトウェアクレイドル東京支社副支社長の久芳将之氏は「解析ツールベンダーの役割として、設計者のツールであるCADデータを有効に活用するために、CADと解析ツールの親和性を確保することが解析に入って来てもらうための入口だろう」と語る。
解析対象のモデル化が熱解析の入口となる。しかしその設定のために手間ひまを食っていては、効率的な熱設計はできない。このため、メカ設計に使われた3次元CADのParasolid、STEP、STLなど標準中間ファイル形式のデータを読み込んで、形状形成の省力化と詳細形状の再現を実現したり、電気CADで設計したプリント配線板の中間ファイル形式であるIDFや標準ガーバーデータを読み込んだりする機能が、熱解析ツール側には備わっている。
ガーバーデータはプリント配線板の各層のパターンなどの図形情報を製造側に渡すためのデータで、パターン層に加え、シルク層、ソルダーレジスト層、ペーストマスク層などの製造情報も含む。この標準ガーバーデータをインポートする機能があれば、パターン配置からデフォルメして配線箇所に部品を作成する標準作業のモデル作成と比べて、作業量を1/10以下に低減できるという。ガーバーデータの読み込みは、より効率的かつ正確にプリント配線板の温度分布をとらえることを可能にし、その解析結果は、配線パターンの放熱分布やサーマルホールを通じての熱移動を考慮した設計に役立つ。(図1参照)
詳細設計をまるごと解析
ハードウエアでは、設計者が日常使うデスクトップPCが作業ベースとなる。解析の規模は、メモリの容量とCPUの演算処理の性能で決まる。
「Windows OSの64ビットバージョンが登場して以降は、解析の領域で飛躍的に細かい要素に対応する演算処理が可能になった」と語るのは、同社営業二部課長代理の吉川淳一郎氏。「以前は、熱流体の解析にあまり細かい要件を入れられないまま、概念設計工程などで使用されるにとどまっていた。それが64ビットの登場以降、配線パターンなどをまるごと解析対象に取り込めるようになり、詳細設計をまるごと対象とするような熱解析の用途が急激に拡大してきている」という。
従来、概念設計レベルでの解析には、概念設計に用いるパターンを解析用に置き換える作業が生じていた。しかしこの解析用にモデル化する、物性値を等価なものに置き換えるという作業が、機器設計者の普段の作業のロジックとは異なる性質のものであったことから、設計者には負担と感じられることもあったという。しかし処理性能の飛躍的な向上は、設計データを解析用に置き換える作業を不要とし、設計データをそのまま解析計算に活かせるようになった。この結果、設計者の解析への要求はますます細かくなり、調べたい要件は限りなく増加してきているのが現状だ。
検討要件の増加
例えば、ファンの送風性能の高効率化に関しても、かつては流速や、乱流発生箇所の把握をシミュレーションの対象としていたものが、次第に対象をより細かく見ようとする要求から、現在では風量と静圧の関係を示すP-Qカーブ、さらに旋回性も解析の検討対象として取り込まれてきているという。(図2参照)
解析要素が細かくなり、演算処理速度も格段に向上する一方で、設計チームが解析にかける時間は、以前とそれほど変わっていない。「どのくらい解析に時間をかけているか、と聞けば、十年前も今も、『一晩』という答えが返ってくる」と久芳氏は語る。これは、計算機が速くなればなるほど、解析規模がますます大きくなってきていることを物語っている。
さらに、3-4年前から並列処理計算を流体解析に導入して、計算の効率化と一段の大規模化を進める動きが顕在化してきている。(続く)
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