「秘伝のタレ」はデータではない――HILLTOPが40年かけて築いた「学習する工場」:製造業“X”探訪(8)ヒルトップ(2/3 ページ)

» 2026年10月19日 07時00分 公開
[西垣淳子, 楠和浩,MONOist]

「正解」ではなく「探索の履歴」を蓄積する

 では、HILLTOPが「HILLTOP SYSTEM」で活用する、長年蓄積してきた「データ」とは何なのだろうか。

 切削加工は「アルミならこの回転数、この工具」と単純に決めるだけで、求める品質の製品ができるわけではない。工作機械の特性、工具の種類や径、刃数、工具の突出し量、治具による固定方法、主軸回転数、送り速度、切込み量、加工するワークの材質や形状、当日の環境要件など、多数の条件が相互に影響する。

 例えば、同じ工具でも突出し量が変われば工具系の剛性や振動特性が変わり、安定して加工できる条件も変化する。加工が進んでワークの形状が変われば、今度はワーク側の剛性も変わる。つまり、条件の組み合わせが膨大になる。特に、HILLTOPが目指す一品一様のモノづくりであれば、この組み合わせは無限に近くなる。ここがHILLTOPの特徴だといえる。

 量産工場で同じ部品を100万個加工すれば、100万回分の加工結果を得ることができる。しかし、数多く生産することで得られる知見があるものの、加工するものの形状に起因する加工条件の種類は必ずしも多くはならない。一方、HILLTOPは多品種少量で、とりわけ試作品や一品ものを数多く扱ってきた。新しい部品が来るたびに、どう加工するかを考え、試行錯誤し、そうしたノウハウが蓄積する。

 具体的には、以下のループを何十年にもわたって回している。

  1. 加工条件を決める
  2. 実際に加工する
  3. 結果を見る
  4. データとして残す
  5. 条件を修正する
  6. 次の加工に使う

 ここに、単に「加工データをたくさん持っている」ということと異なるHILLTOPの強みがある。つまり、蓄積されているのは、完成した加工条件という「正解」だけではなく、どんな条件を試し、その結果どうなり、次に何を変えたのかという加工条件の「探索の履歴」も含まれているのである。

photophoto HILLTOPの工作機械(左)と、加工用の工具(右)。条件の無数の組み合わせの中から最適な設定を考える必要がある[クリックで拡大]

AI時代に生まれるデータの質の強み

 この違いは、これからAIで加工ノウハウを扱おうとするときに、非常に重要になるのではないだろうか。

 AIに「この形状なら、この工具、この回転数、この送り速度」という最終結果だけを学習させる場合と、「なぜその条件にたどり着いたのか」という試行錯誤の履歴まで利用できる場合とでは、学習できる情報の質が違う。さらにHILLTOPの場合、このループは1度回して終わりではない。

 蓄積したデータを次の加工に利用し、そこで新しい結果が生まれる。その結果を再びデータベースに戻すというデータの循環的なアップデートが続く。ここに、HILLTOPのデータ資産の本当の価値がある。データベースは単なる「貯蔵庫」ではなく、現場で使うことによってデータが増え、そのデータによって次の現場が変わる。つまり、データと現場の間にループが成立しているのである。

 では、AIの進化によって大量のシミュレーションが可能になれば、この優位性はいずれ失われるのだろうか。山本氏に聞くと「そう単純なものではない」と説明する。

 切削加工では、理論上あるいはシミュレーション上で成立する条件であっても、実際の現場では振動や工具摩耗、機械や工具、ワークの個体差などによって、期待した結果にならない場合がある。これは、シミュレーションと実加工データのどちらが優れているかという二者択一の問題ではない。

 シミュレーションによって探索できる領域と、実際に削った結果として得られるデータをどう組み合わせるかが重要なのだ。その判断においては、HILLTOPが持つ多様な条件下での実加工の履歴が、大きな資産になっている。

 また、このデータは加工技術の高度化だけに使われているわけではない。

 加工現場では、基本的により高い精度を追求する傾向がある。しかし、精度を高めようとすれば、加工条件の調整やプログラム修正に時間がかかる。しかも、時間がかかった分の追加コストをそのまま販売価格に転嫁できるとは限らない。

 HILLTOPが求めるのは、「技術的に実現できる最高精度」ではない。顧客が要求する品質を満たしながら、びびり振動などが起きにくく、安定して加工でき、加工時間やプログラミング時間も抑えられる条件である。「品質×安定性×時間×コスト」のバランスが取れる領域を、過去の実績データから探しているのだ。つまり、HILLTOPが持つ加工データは、「技術データ」としてだけではなく「経営データ」としての役割を担っている。

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