日本の自動車業界の「慎重さ」は強みか弱みか 車載ソフト開発の視点で分析する車載ソフトウェア(1/3 ページ)

日本の自動車業界は自動運転技術やSDVの開発において「慎重さ」を重視している。この「慎重さ」は強みとなるのか弱みとなるのか。QNXの車載ソフトウェア開発者1100人を対象に実施した調査を基に、日本の開発現場が持つ課題や戦略の独自性を分析する。

» 2026年03月17日 08時00分 公開

 自動運転レベル3の量産化を世界で初めて実現したホンダが2024年12月、米GM(General Motors)との自動運転タクシー開発に関する協業を解消し、GMの子会社であるGMクルーズへの出資も引き上げた。この背景には、2023年にGMクルーズが人身事故を起こしたことを含む複数の要因により事業再開の見通しが不透明となったこと、さらにGM自身がロボタクシー事業からの撤退を決断した現実がある。

 自動運転技術の高度化と、それを起点とした新たな事業創出を巡る競争は世界的に激化している。日本の自動車メーカーも、この流れの中にあることは間違いない。しかし、数兆円規模に達するとされる開発投資を単独で負担することは容易ではなく、協業やパートナーシップを組むことが不可欠だ。一方で、自動運転技術の安全性に疑念が生じた瞬間、事業継続そのものが揺らぐリスクも顕在化する。

 ホンダとGMの事例は、世界、そして日本の車載ソフトウェア開発が直面する課題が技術力だけではないことを示している。では、それに対処するための戦略はどうなのか。筆者が所属するQNXが実施した調査から、日本の開発現場が持つ課題、そして戦略の独自性が浮かび上がった。

規制対応に「自信がある」のはわずか16%

 QNXが2025年7〜8月に、世界の車載ソフトウェア開発者1100人を対象に実施した調査では、日本の開発現場の特徴が明確に表れた。「規制順守に非常に自信がある」と答えた日本の開発者はわずか16%にとどまり、インド(65%)、米国(45%)と比べて大きな差があった(図1)。

図1 図1 QNXのSDV開発者調査で規制対応に「非常に自信がある」と答えた開発者の割合[クリックで拡大] 出所:QNX

 一見すると、日本の開発現場が消極的、あるいは自信不足であると受け取られかねない結果だ。しかし、この数字を単純に技術力の問題と捉えるのは早計だろう。むしろ、機能安全やサイバーセキュリティといった規制領域に対するリスク認識の高さ、そして「自動車の安全は絶対に妥協できない」という品質責任への自覚が、この慎重な自己評価につながっている可能性がある。

 実際、日本の開発者の46%が「長い開発サイクル」を最大の課題として挙げており(グローバル平均は37%、図2)、49%がサイバーセキュリティ、42%が機能安全を「対応が最も困難な規制分野」と回答している(グローバル平均はそれぞれ47%と36%)。

 UN-R155/156のサイバーセキュリティ要件、ISO 26262の機能安全規格といった国際規制に真正面から向き合えば、車載ソフトウェアの検証工数が膨らむのは避けられない。

図2 図2 QNXのSDV開発者調査で「開発サイクルの長さ」が最大の課題と答えた開発者の割合[クリックで拡大] 出所:QNX

協業に慎重な理由

 同調査では、協働的な開発手法を自社が「大いに支援している」と回答した日本の開発者の割合は33%にとどまった(グローバル平均は50%)。オープンソースソフトウェアの価値を認める開発者も82%と、調査対象国の中では最も低い(グローバル平均は92%)。

 しかし、これを単なる保守性と断じるのは適切ではない。車載ソフトウェアは人命に直結する。品質責任の所在、知的財産の管理、サプライチェーン全体のセキュリティといった要素を総合的に考えれば、外部リソースの活用に慎重になるのは自然な判断だ。さらに、地政学的リスクの高まりや市場環境の変化によって、サプライチェーンとコスト管理は年々複雑化している。提携先を探し、企業価値を高め合う関係を築くこと自体が難易度の高い経営判断となっている中で、協業が常に正解とは限らないことを、ホンダとGMの事例は示している。

 日本の開発者は、自らが置かれた開発環境に対しても厳しい目を向けている。「開発環境が非常に良い」と評価した日本の開発者は14%にとどまり、グローバル平均(30%)の半分以下だった(図3)。これは、日本の開発現場が直面している制約――長期化する開発サイクル、規制対応の負荷、人材不足――を冷静に認識していることの表れともいえる。

図3 図3 QNXのSDV開発者調査で各国の開発者が評価した開発環境の生産性[クリックで拡大] 出所:QNX
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