カスタマーサクセス2.0を実践する製造業に学ぶ、顧客視点でのサービスづくり製造業のための「カスタマーサクセス」入門(3)(4/4 ページ)

» 2023年01月25日 08時00分 公開
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カスタマーサクセス志向経営を目指す上での着眼点

 私たち日本の製造業も、同様に、カスタマーサクセス志向経営へと変革できるのでしょうか。上述した成功事例から、3つの着眼点を引き出せると考えます。

 第1に、企業にとって重要な顧客が求める価値を分析し直すことが必須です。コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーは、B2Bの購買者にとって重要な40の価値要素を特定しています(図10)。ピラミッドの底辺にあるのは、「倫理的基準を守りながら規制を順守し、許容できる価格で仕様を満たす」といった必要最低限の要素、その上には、コスト削減や拡張性など購買側企業の経済的ニーズや製品性能ニーズに応える機能的要素があります。

 かねて製造業ではそれらの実現が長い間優先されてきました。しかし、今の時代はそれだけでは不十分であるということです。ピラミッドの中間部分には、売り手側と買い手側の文化的適合性や売り手側のコミットメントなど当事者間でのビジネスのしやすさの要素が入ってきます。次のレベルでは、さらに主観的な価値=購入決定者個人の価値要素(購買決定時の不安軽減や社内評判など)があります。そして、ピラミッドの最上位には、買い手企業の将来像を向上させるものや希望を与えるものなど、インスピレーションを与える要素が入ってきています。

図10:カスタマーサクセス志向経営の着眼点(その1)[クリックして拡大] 出所:セールスフォース・ジャパン

 ここで言いたいのは、顧客が求める価値を定義する上では、製造業といえどもB2C的な買い手側の主観的判断を考慮に入れる必要があるということです。そして、企業側はこのような全体像を理解した上で、自社の重要なステークホルダーとなる顧客を特定して、対話を通じてその成功期待値を理解し直す時に来ていると考えます。具体的には顧客からのVOC(Voice of Customer)やフォローアップインタビューを実施して、最も注目すべき価値要素を特定、その価値要素に合わせた価値提案を行うことこそ、結果的に、B2B製品のコモディティ化のわなを回避することに通じるのではないでしょうか。

 第2に、企業にとって競争すべきは、自分たちが考えている相手ではないかもしれないということです。多くの製造業は、自分の競争相手を同分野の大手企業か、新しいテクノロジーやビジネスモデルをもったスタートアップ企業だと思っているかもしれません。しかし、顧客視点に立てば、同業企業のやっていることに比べてどれだけ優れているかではなく、顧客が期待する価値に応えているかどうかにフォーカスすべきでしょう。

 そのためには、今までの同業種の過去の成功体験からではなく、他の業界で使われ顧客に喜ばれている、印象的で驚くべき戦略から、自社の重要顧客の期待値に応えることができる共通項を引き出すといったことも、難しいことではありますが、挑戦に値する有効な施策の1つとなるでしょう。大量にあふれる製品群、製品検索や購買手段の広がりなどを背景に、顧客自身がさまざまな利用成功経験を重ね、期待値も刻々と変わってきていることは何度も述べてきた通りです。例えば、先に示したFastenalが飲料業界での自動販売機の発想を取り入れた事例はその象徴ともいえます。

図11:カスタマーサクセス志向経営の着眼点(その2)[クリックして拡大] 出所:セールスフォース・ジャパン

 最後に、自社の能力だけでは顧客の期待価値に応えることが難しい場合には、他者(顧客や学術機関、他企業を含む)と手を組むということが挙げられます。事例で挙げた、Grainger、Condias、BASFとDeere&Companyとの連携、全農の取り組みを見て分かるように、中心となる企業(エコシステムビルダー)が提供する製品サービスに対し、他社(エコシステムパートナー)が追加機能やサービスを提供し、顧客期待値に応えるソリューション提供型エコシステム形態が増えてきています(図11)。

 こうした形態は自社単体でも顧客課題を解決する能力を有する企業が、さらに多くの顧客課題、ひいては、社会課題へ対応するべく、ソリューションラインアップを拡大するために用いるケースといえます。ただし、私たちが注意しなくてはいけないこととして、このエコシステムを採用する場合には、自社だけが勝つという従来の競争戦略とは全く異なる考え方になるということです。参加企業間の協働を通じ、相互の共進化を導くという前提の元、経営者は採用するエコシステムのアーキテクチャを考えなければならないでしょう。

カスタマーサクセス志向経営の着眼点(その3)[クリックして拡大] 出所:セールスフォース・ジャパン

 最後に、第3回の内容をまとめると、以下の様になります。

  • 従来の、企業の持っているモノやサービスを前提に顧客価値を提供するやり方は、企業側を主役としたものであり、顧客への一方的価値提供にすぎない(To Customerのアプローチ)
  • カスタマーサクセス実践企業の思考は、顧客にとっての成功体験すなわち顧客のために何ができるかという視点を持つこと(For Customerのアプローチ)
  • カスタマーサクセス実践に当たっては、革新的なモノを生み出すことだけが解ではない。どの企業も、デジタルテクノロジーを活用し、顧客とのサクセスギャップを埋めている
  • 製造業で始まっているサブスクビジネスモデルは、デジタルテクノロジー活用事例の1つ
  • 革新的なカスタマーサクセス事例として、自社の力だけでなく、顧客や他企業とコラボレーションを行い、社会課題までをも解決する取り組みが始まっている(With Customerのアプローチ)
  • カスタマーサクセス志向経営を目指す上での着眼すべき点の1つは、現在におけるB2B企業における顧客の価値要素の変化を理解し、再度顧客の求める価値を分析し直すこと
  • 2つ目は、企業にとって競争すべきは、自分たちの考えている相手ではないかもしれないということ
  • 自社だけが勝つという発想ではなく、企業間コラボレーションによる顧客価値や、社会問題解決の為のエコシステムアーキテクチャ戦略発想も問われる時代

 最終回では、企業内でカスタマーサクセスを実際に戦略として取り組む場合の導入の仕方などを取り上げていきたいと思います。

⇒本連載の目次はこちら

筆者プロフィール

株式会社セールスフォース・ジャパン シニアプリンシパルカスタマーサクセスマネージャー

五味 信子(ごみ のぶこ)

経歴

日系大手半導体製造販売会社、部品製造販売流通会社などを経て、株式会社セールスフォース・ジャパン入社。

事業会社におけるさまざまなDX関連プロジェクトリード経験を生かし、国内製造業のデジタル推進プロジェクト支援に従事。

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