ある大手メーカーのエンジニアが、さまざまな紆余(うよ)曲折を経て、新たなキャリアとして経営コンサルタントになるまでのいきさつを描く本連載。第8回は、1年間のコンサルティング研修を終え、全社に学んだことを広めていく中で起きたことを紹介する。社長への直訴で、なぜ「現場を持たないコンサルタントに価値はない」と言われたのか……。
斎藤顕一氏によるコンサルティング研修は1年間で終了しました。私たちの次のミッションは、そこで学んだことを全社に広めていくことでした。そこで私は、ある思い切った行動を起こしました。コンサルティングの考え方やノウハウを社内に浸透させる専門の部署を新たに立ち上げさせてほしい──。そう社長に直談判したのです。
⇒連載「凡人エンジニアが経営コンサルタントに生まれ変わるまで」のバックナンバー
直談判するに当たって、研修のメンバーだった事業部長の一人に相談しましたが、即座に「やめとけ」と言われました。一社員が経営者に直接提案して納得してもらうのは、いくら何でもむちゃだ、と。しかし、私は1年間の研修で、クライアントに提案する方法とマインドを学んでいました。そのやり方をもってすれば、社長も話を聞いてくれるに違いない。そう考えたのです。
結局、事業部長から「好きにしろ」と突き放された私は、社長とのミーティングをセットし、習得したスキルを集結させたプレゼン資料を見せながら、専門部署の必要性を力説しました。幸い社長は私の言葉に耳を傾けてくれましたが、その場で結論は出ませんでした。
しかし間もなく、新しい部署「VI開発部」の設立が発表されたのです。VSN(現Modis)のコンサルティングサービスである「バリューチェーン・イノベーター(VI)」の方法論を確立すること、VI推進の社内制度を整備すること、社員への啓発活動を行うこと。それがVI開発部のミッションでした。私はその部署の3人のメンバーの1人に選ばれました。そのときのうれしさを昨日のことのように覚えています。
新しい部署での私の担当は、社員の育成でした。研修を私自身が行い、コンサルタントの社内認証制度も一から作りました。認証された際に渡す証書や、社員証のストラップも私がデザインしました。自分の提案から生まれた部署での仕事は、本当に充実したものでした。
あっという間に1年が経ち、2年目にやるべきことをリストアップしているところで、VI開発部が解散するという知らせを聞きました。部署のミッションは終わった。次は実践に移らなければならない。それが社長の判断でした。
そのことは残念でしたが、私はすぐに次の行動を起こしました。再び社長に直訴することにしたのです。自分を人事部所属にしてほしい。そこで引き続きコンサルティングの社員育成と研修を担当させてほしい。それが私が望んだことでした。そのときの社長室での場面を思い出すと、今も冷や汗が出てきます。
社長は私の言葉を聞いてすぐに、「君の研修をこれ以上受けたいと思う社員が果たしているのか?」と言いました。「少なくとも、僕は受けたくないよ」と。納得がいかなかった私は、その理由を問いただしました。社長が語った理由はこうです。
コンサルタントの価値は、「現場」があることだ。斎藤氏の言葉に力があるのは、現業を続けているからだ。もし人事部配属となって現場を持たなくなったら、コンサルタントには価値がなくなる。この1年間は育成に専念してもらったが、早く現場に戻り、そして、現場の感覚を磨いてこい──。
ぐうの音も出ませんでした。「現場を持たないコンサルタントに価値はない」。その言葉を胸に刻んで、私は社長室を後にしました。もし、あのとき人事部配属が認められていたなら、その後の私はなかったと思います。
直訴に失敗して改めて感じたのは、自分がVIにかける思いは本物であるということでした。そのときの希望は受け入れられませんでしたが、VIへの情熱がそれによって冷めることが全くなかったからです。研修が始まった時点で「13番目の男」だった私は、その時点で「VIへの最も熱い思いを持った男」に変わっていました。
私は部門に所属せずにフリーに動くことを認めてもらい、クライアントの現場に戻ることになりました。しかし、以前の現場とは異なります。コンサルティングのスキルという新しい「武器」を携えて臨む現場です。これまでとは全く違う仕事ができるに違いない。そんなワクワクした気持ちで、私は次のステップに進んでいきました。
通信機器メーカー勤務後、リーマンショックを機に株式会社VSN(現Modis株式会社)に転職。入社後はエレクトロニクスエンジニアとして半導体のデジタル回路設計やカメラ用SDK開発業務に携わる。2013年より“派遣エンジニアがお客さまの問題を発見し、解決する”サービス、「バリューチェーン・イノベーター(以下、VI)」を推進するメンバー「バリューチェーン・イノベーター・プロフェッショナル」に抜てき。多くの企業で現場視点と経営視点の両面を併せ持った問題解決事案に携わる。現在は、全社的にVIサービスを推進するコンサルティング事業部の事業部長として、企業のバリューチェーン強化、DX推進、人事組織開発について実践的なコンサルティングサービスを推進。Modisのコンサルティング領域拡大をリードしている。
Modis https://www.modis.co.jp/
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.