製造業が「サービス化」を実現する4つのパターンとそのポイント顧客起点でデザインするサービスイノベーション(4)(2/3 ページ)

» 2021年02月22日 11時00分 公開

「パッケージサービス」型

 「既存」製品を「新規」顧客に売るサービス化のビジネスモデルは、ソフトウェア産業におけるパッケージソフトウェアを想像すると理解しやすい。例えば、会計ソフトウェアは大企業であれば、既存ソフトウェアをそれなりにカスタマイズして導入することが多い。しかし、中堅中小企業では費用面や負荷面なども含めてカスタマイズを行ったものを導入することは難しかった。そこで、オービックの「勘定奉行」は、必要十分な最大公約数となる機能を抽出し、中堅・中小企業向けにパッケージ化し、ノンカスタマイズで利用できるようにしたことで、導入価格を大きく低減した。これは、購入・導入時のイニシャルコストを低減させることにより、市場の裾野を開拓するイノベーションだと位置付けることができる。

 製造業の中では、トヨタ自動車が提供するサブスクリプションサービス「KINTO」などはこの「パッケージサービス」型だといえる。「KINTO」は、一定期間(3年、5年、7年)においてクルマを利用できる権利に加え、保険や税金などの維持費もパッケージ化し、分かりやすいサービスを利用者に提供している。自動車購入に二の足を踏んでいた顧客向けにパッケージ化されたローエンド型サービスを提供していると捉えることもできる。

 「パッケージサービス」型の最大の利点は、低価格化による顧客基盤の拡大と、これまでリーチできていなかった顧客への訴求力向上である。自動車業界では、クルマ離れが指摘される中で「どのように最初の1台の保有を経験してもらうか」が課題となっている。この課題解決の起爆剤としてサブスクリプションサービスが選択された。

 このサービスの最大の懸念点は、既存販売網とのカニバリゼーション(自社内で需要を食い合う状況)である。「KINTO」はディーラーによる販売網と完全にバッティングしてしまう。トヨタ自動車は、自動車業界が「100年に一度」といわれる業界大変革期を迎え、一部でカニバリゼーションを起こしてでもこのビジネスモデルを推進する方向に舵を切った。座していればシェアリングなどを推し進めるデジタル企業に市場の主導権を奪われてしまうという強烈な危機感から、本気でビジネスモデルの転換を図っていると考えられる。

 このビジネスモデルへの転換を成功に導くためには、これまでのビジネスにおけるこだわりポイントを汎化することが重要となる。顧客別に作り込み、ややもすると過剰品質になっていたかもしれない機能や性能をそぎ落とすことにより、提供価格を下げ、顧客の裾野を広げる価値に戦略のターゲットを当てることが必要となる。その意思決定は一時的には利益率の低下をもたらすかもしれないが、裾野拡大から将来得られる利益を織り込むことで中期的には合理的な判断となる場合がある。「パッケージサービス」型への転換に当たっては中長期的な価値の訴求や戦略の合理性について投資家や資本家に説明し、納得してもらうことも重要な経営層の役割となる。

「顧客業務代行」型

 顧客業務代行によるサービス化は、バリューチェーンの前後のプロセスを内製化していくビジネスモデルである。航空機産業やエネルギー産業におけるO&M(オペレーション&メインテナンス)事業への進出が代表的な事例といえる。製品の取り扱いに最も長けたメーカーがO&Mを代行することで顧客に提供する製品価値の最大化を実現し、O&Mの効率化により自社事業の利益増大にもつなげることができる。さらに、GEヘルスケアの手術室プロデュースのように、自社機器周辺を取り込むことによって事業領域の拡大も図ることができる。

 このビジネスモデルにおいて、富士フイルムのバイオ医薬品製造・開発受託ビジネス CDMO(薬剤の細胞株開発から市販薬製造までのサービスを製薬企業へ提供)による取り組みは、優れた事業成果を生み出している事例だといえる。同社のヘルスケア事業は医療機器や医薬品材料を発端としているが、国内外での積極的なM&Aにより業界トップレベルの培養技術と先端設備を手に入れ、もともと同社が持つ製造で培った高度な自社技術を融合することでバイオ医薬品製造という成長市場において高い競争力を持つようになった。2021年3月期の売上高は1000億円を上回る計画となっている。

 機器や材料製造で高い利益率を上げている製造業が、スマイルカーブの底辺に当たり、利益率が低いとされる製造受託領域に進出するには、財務面、心理面でさまざまなハードルがある。また、B2BからB2Cの完成品メーカーとなることで、製造者として負うべき責任も大きくなるリスクもある。一方で、メリットとしては、バリューチェーン全体に対する主導権を持てるようになり、経営の安定化や生産性の向上などの自助努力の結果をダイレクトに受けられるという点が挙げられる。

 これらデメリットを克服し、メリットを享受するためにはまずは競争力を生み出せる技術力が前提条件となる。これらが確立された上で、O&Mや製造受託などの顧客業務領域に踏み出すことが必要となる。「中長期的に技術面で優位性を確保する」という製造業の競争力獲得の源泉に立ち戻った活動を新たなビジネスモデルで拡張して提供するというイメージだ。

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