自律“帆走”技術の開発に挑むスタートアップ企業がある。野間恒毅氏がCEOを務めるエバーブルーテクノロジーズだ。現在、ラジコンヨットをベースにした全長1mのプロトタイプと、船型からオリジナルで開発した2m級のトリマラン「Type-A」を用いて、自律帆走の実証実験を重ねている。
自律“帆走”技術の開発に挑むスタートアップ企業がある。野間恒毅氏がCEOを務めるエバーブルーテクノロジーズだ。現在、ラジコンヨットをベースにした全長1mのプロトタイプと、船型からオリジナルで開発した2m級のトリマラン「Type-A」を用いて、自律帆走の実証実験を重ねている。ラジコンヨットベースのプロトタイプでは、葉山港から江の島沖までの約7km(約3.7カイリ)を自律帆走で航行している。また、Type-Aでは海上に設定した2カ所のウェイポイントを精度5mで経由してスタート地点に戻る自律帆走を成功させている。
これまで、一連の連載『船も「CASE」』で紹介してきたように、小型船舶や本船など“動力船”による自律運航技術は、大手海運会社や造船会社、そして大学や研究機関などが取り組んでいるが、自律帆走技術の取り組みは数少ない。ここでは、エバーブルーテクノロジーズが開発している自律帆走技術の概要や実証実験の成果と課題、そして、自律帆走技術を導入した“ドローンヨット”の活用シーンなどを野間氏に聞いた(正確にいうと“ヨット”ではなく“セーリングボート”だが、記事では日本語のイメージに沿うヨットと記述する)。
取材場所となったガレージは、バイクや自動車、アウトドアギアにプラモデル、さらには、森高千里のポスターなどなど、“野間氏の大好きなもの”がみっちりと詰まった、いわば「ぼくのさいきょうのひみつきち」だ。取材のとき、そのガレージには、自律帆走技術の実証実験に使用しているラジコンヨットベースの1m級プロトタイプと、2m級トリマランヨットが、これまで収納されていたビート1台とバイク2台を追い出して並べられていた(Type-Aは船体のみ)。
1m級プロトタイプは市販(海外製)のラジコンヨットをベースに自律帆走とネットワーク接続のためのハードウェアを追加している。マストは1本、メインセール(マストの後方に揚げる帆)とヘッドセール(マストの前方に揚げる帆)の2枚を組み合わせた(これをスループ・リグという)、日本で多くの人が「ヨット」と認識する典型的なスタイルだ。ただし、船体はメインの船体とその両脇にアウトリガーとして機能する2つの船体の合計3つの船体で構成する「トリマラン」船型を採用する。
メインセールもヘッドセールも風の向きに合わせて向きを変更するが、その仕組みはラジコンヨットのキットを流用している。ただし、ラジコンヨットではセールの向きを陸上にいる操縦者がプロポで操作するが、自律帆走ではヨット自身が風向きに合わせてセールの向きを変更しなければならない。
1m級プロトタイプでは、船首に風向計を搭載して風向を検出し、セーリング用ドローンソフトウェアでセールの向きを制御する。この風向計はヨット用の市販品(ヨット用風向計の中には風向と風速をデジタルデータで出力できる製品もある)ではなく、自作している。「市販品では1m級プロトタイプに搭載できる小型のものがない」(野間氏)というのが理由だ。
この他、マルチコプターなどのフライトドローンと同様に、フライトコントローラー(機体に搭載したセンサーで取得した位置情報や姿勢情報、ベクトル情報を基に機体を制御する演算ユニットとセンサーユニットインタフェースを備えたパーツ)を船体に内蔵し、GPSユニットとGPS受信用アンテナを前甲板に搭載した他、ネットワーク接続のために3Gもしくは4G LTEデータ通信モジュールもマスト中段に組み込んだ。加えて衝突防止のために距離センサーを船首に搭載する。距離センサーは当初、レーザーセンサーを試したものの日光下では使用できないことがあって、1m級プロトタイプでは超音波センサーを採用した。測距できる距離は最大で5〜7m前後という。
フライトコントローラーはオープンソースハードウェアである3D Roboticsの「Pixhawk」を採用。セーリング用ソフトウェアは、ドローン制御ファームウェアのオープンソースプロジェクトを進めているArduPilotが開発したフライト用ソフトウェアをベースにして、ArduPilotが用意している「Sailboat Support」アドオンを加えている。SailBoat Supportでは風向と風速のデータからメインセールとヘッドセールの角度を適切に調整して(正確にはセールの向きを調整するロープの巻き取り、もしくはリリースする量を演算して出力)、自律帆走を可能にする。
ただ、野間氏によるとSailBoat Supportのセール制御はモノハルヨットを前提としていることもあって、トリマラン船型では効率が悪く、現在、富士通でIoT(モノのインターネット)を活用したセーリングトレーニングシステムを開発した「Windsurfing Lab」のメンバーの1人と連携して効率の高い自律帆走のソフトウェアの開発を進めている。
なお、1m級プロトタイプにしてもType-Aにしても、通常の船舶のような1つの船体(これをモノハル船型と呼ぶ)ではなくトリマランを採用するのには2つの理由がある。1つは、ヨットがセールに風を受けて船体が傾いてしまう(この傾きをヒールと呼ぶ)のを抑えるためだ。このヒールを抑えるために小型のヨットでは乗員が甲板を移動してバランスを保つようにしている。しかし、無人の自律帆走ヨットではそれができない。一方で3つの船体で構成するトリマランなら、セールに風を受けてもヒールを抑えることができる。
もう1つは、出港帰港の場所を砂浜にするためだ。モノハルのヨットはヒールを抑えるために船の底に大きな重りを固定している(これをキールと呼ぶ)。そのため浅い海域を航行することができず、入出港で使えるのはマリーナなど係留代がかかる港に限られる。しかし、小型のトリマランは船体と引き上げ式のセンターボードだけでヒールを抑えることができるので重い固定式のキールが不要だ。そのおかげで、砂浜から出港して砂浜に帰港することができる。また、港を使わずに済むので係留代などのコストを抑えることも可能だ。
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