トヨタ自動車の燃料電池自動車(FCV)特許無償公開の狙いについて解説する本連載。最終回となる今回は「世代交代を促す事業戦略」という観点で、トヨタ自動車の狙いを掘り下げてみる。
トヨタ自動車(以下、トヨタ)は2015年1月6日に燃料電池自動車(FCV)の普及に向けた取り組みの一環として、同社が保有する約5680件の内外特許を無償公開すると発表しました(関連記事:燃料電池車の普及を促進、5680件の関連特許が無償に)。本連載では、この特許開放の狙いと業界への影響を知財を切り口としながら解説しています。
前回の「トヨタの狙いをIBMのパテントコモンズ構想から考察する」では「標準化」の観点で掘り下げて解説しました。最終回となる今回は「世代交代を促す事業戦略」という観点で、この問題を取り上げます。
本連載の第1回で「トヨタとホンダとの協調は可能か」という疑問に対する回答として、「ホンダがFCVの事業戦略をガソリン車市場の延長として考えるか、全く異なる新しい市場を作るという発想を持っているか、視点によって異なる」と述べました。このことを掘り下げて考えるときに参考になるのが、次世代DVDの規格統一をめぐる「Blu-rayとHD DVDによる覇権争い」の事例ではないでしょうか。
最終的には多くの企業が参加するようになりましたが、次世代DVD規格としてBlu-rayを当初から推進していたのはソニーです。
ただ、そこにはある教訓があったように思われます。ソニーは1980年代に商品化されたコンパクトディスク(CD)技術を光ディスクの第1世代として位置付けていました。そして、同社が多くの特許を持つ「CD技術をベースとしたDVD規格」を第2世代として確立するつもりでいました。ソニーが狙っていたのは、基本的にCD技術を基盤とした後継規格の展開です。これが実現すると「CDからDVD、そして次世代DVDへ」というリニアな展開が可能となり、ソニーが継続的に優位性を保てるからです。
しかし、実際にはそうはなりませんでした。CD規格の後継規格として「CDから共通の技術基盤を引き継いだ規格」を位置付けることに、非ソニー陣営が反発したからです。CD技術はソニーの所有する特許で保護されており、CDを基盤技術にすることは、敵陣で相撲をとることにも等しくなります。そう考えると、非ソニー陣営にとっては当然の反発だといえます。最終的にはソニーが折れ、東芝の基本技術を取り入れることで妥協して生まれたのが現在も存在するDVD規格となります。ソニーが取ろうとしたDVDをCDベースで展開するという戦略は崩れたといえるでしょう。
この苦い経験が、次世代DVDの標準化にも生かされたといえます。CD技術からDVDへの展開が遮断されたため、ベースとなるCD技術の制約に縛られることなく、記憶容量などの技術的な問題解決を新しい発想で始められました。つまり、次世代DVD規格については、CDやDVDの後継ではなく、新しい規格としてゼロからスタートする発想を持つことができたのです。
これに対し、東芝にとっては、DVDが光ディスクの第1世代製品となりました。当然、東芝は次世代DVDに対し、自社技術を採用したDVDの後継規格を展開する戦略を取ります。ソニーがCDからDVDへの移行に伴って取った戦略と同じです。東芝にとっては、DVD規格を第1世代とし「DVDを基盤技術とした次世代DVD」への移行を目指したというわけです。
しかし、東芝もDVDの技術的制約に苦しみました。HD DVD陣営は、DVD技術を基盤としたため、コスト面ではメリットを発揮できたものの、記憶容量などでユーザー側の希望を満たすのは簡単ではなかったのです。結果として、次世代DVDとしての標準規格はBlu-ray陣営の手に落ちました。
次世代DVD問題の事例から学べることは、「標準化」の世界において、親世代で優位に立ったプレーヤーがその後継世代でも先行者利得を継続するのは難しいということです。
標準化の特徴には「ロックイン」があります。ある技術が標準化されると、それよりも優れた技術が生まれても、すぐには代替しないということを示します。このことは、あるプレーヤーがロックインを享受すると、それに対する競合プレーヤーからの反発があり、後継規格ではその利得を継続できないような力学が働くということを意味します。その力学は市場競争で直接表れたり、標準化を審議する標準化機関での審議あるいは舞台裏での駆け引きとして表れたりします。
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