発売1年で100万台以上が売れた小型コンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」の開発者であり、コンピュータの開発スキルの発展を促進するために設立された財団「Raspberry Pi Foundation」の創設者でもあるエベン・アプトン(Eben Upton)氏がイベント出席のため先ごろ来日。Raspberry Piに対する思いや今後の展開、自身の経験などについてお話を伺った。
25〜35ドルと廉価ながら、豊富なインタフェースを備え、Linuxが動作する手のひらサイズのコンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」をご存じだろうか。2012年2月の発売直後から人気に火が付き、全世界での販売総数は100万台以上。先日発表したカメラモジュール(関連記事)もアナウンス後、すぐに売り切れるなど、その人気はますます高まっている。
Raspberry Piは、ARM1176JZF-Sコア(700MHz:ARM11ファミリ)とVideoCore 4 GPU、512Mバイト(Model B)/256Mバイト(Model A) DRAMを備えた米Broadcom(以下、ブロードコム)のSoC「BCM2835」を搭載。インタフェースとして、HDMI、USB 2.0、LAN(Model B)などを備えており、DebianベースのLinuxディストリビューション「Raspbian」などが動作する。
このRaspberry Piは、コンピュータ開発スキルの発展を促進するために英国で設立された非営利財団「Raspberry Pi Foundation」が開発したものだ。今回、Raspberry Pi Foundationの創設者であり、Raspberry Piの開発者でもあるエベン・アプトン(Eben Upton)氏が日本でのRaspberry Pi関連イベントに出席するため来日した。MONOist編集部では、同氏にインタビューする機会を得て、Raspberry Piのこれまでの取り組みや今後の展開、自身の経験などについてお話を伺った。
MONOist編集部(以下、MONOist) 発表以来、世界中で大反響となったRaspberry Piですが、現状をどのように感じていらっしゃいますか。また、現在の販売台数はどれくらいでしょうか?
エベン・アプトン氏(以下、アプトン氏) まだまだ驚いたままの状況ですね。最初の数カ月は売れて1000台、いってもまあ1万台くらいだと思っていましたので(笑)。ところが、実際には10万台が初日に売れ、これはすごいことだと思いました。日本でもこれまでに1万〜2万台売れているのではないでしょうか。最近では1カ月当たり10万〜20万台出荷しています。今までの累計販売台数でいいますと、120万〜130万台くらいになっているかと思います。
発売初期は、当然ながら英国で人気がありました。英国ではメディアへの露出も多く、よく製品を理解していただけましたので。現在は、北米(米国およびカナダ)が最大の市場となりました。おおよその出荷台数の比率は、北米と欧州が40%ずつ、残りの20%がその他の地域(日本、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなど)といったところです。
MONOist 発表してすぐに何十万台もの注文が舞い込んだと伺いました。生産が非常に大変だったと思うのですが、どのようにして大量の注文に対応していったのでしょうか?
アプトン氏 発売当初の4カ月間は、「1人1台まで」と制限を設けて販売していました。当然、生産に拍車を掛けたのですが、(うれしいことに)並行して注文もどんどんと入り、注文残が増えていきました……。われわれはこれを「成功による悲劇」と呼んでいました(笑)。販売パートナー、製造パートナー、サプライヤーの協力を得て、2012年の12月中旬ごろには供給が安定しました。今では十分に在庫はあります。
MONOist では、先日発表したカメラモジュールについては、そういう懸念はないと考えていいでしょうか?
アプトン氏 ああ! ……カメラモジュールもダメです(笑)。2日間で(初期に用意していた)1万個が一気に売れてしまいました。われわれも学習しなくてはいけませんね。
MONOist それでは、Raspberry Piの取り組みについて教えてください。まず、Raspberry Piのネーミングについて。その由来は何でしょうか?
アプトン氏 「Raspberry」はその通り、“果物の名前”です。「Apple」「apricot」「Tangerine」など、果物の名前からとっているコンピュータ製品やコンピュータ企業が幾つかありますよね。それと同じです。あっ、「Acorn」も広義の意味で果物? でしょうか(笑)。
そして、「Pi」はプログラミング言語の“Python”からとりました。Pythonは子どもの教育向けに最適な言語です。しかも「Hello World!!」と表示させる初歩レベルから、Googleで働くようなプロフェッショナルレベルまで使える言語です。ちなみに、チャリティ財団の創設を決めた際、既にこの名前は固まっていましたし、“かわいいロゴデザイン”についても創設時点で決定していました。
MONOist 財団創設の話が出ましたが、そもそもRaspberry Pi Foundationを創設(2009年5月)したきっかけは何だったのでしょうか?
アプトン氏 「世の中にもっとエンジニアを増やしたい!」という思いがきっかけです。年々、コンピュータサイエンスを志望する学生が減ってきていることに対し、英国だけでなく、世界中でもっとエンジニアが増えることが必要であると考えました。そのためには、若いうちからコンピュータを学習して開発スキルを持ってもらうことが、早道だろうと思ったのです。私自身も少年時代、自分の部屋にプログラミングができるコンピュータがあって、そこでコンピュータスキルを身に付けました。Raspberry Piには、「そういった環境をもう一度取り戻してあげたい」「誰でもそういった環境が持てるようにしてあげたい」という思いが込められています。
MONOist Raspberry Piの主な位置付けは、「コンピュータ教材」ということですが、そうした教材に必要な要素はどのようなものでしょうか?
アプトン氏 次の4つの要素が欠かせません。まず何より、1)プログラミングできるデバイスでなくてはなりません。いろいろなプログラミング言語がありますが、そういったものが使えることです。さらに、2)「楽しい」ということが大切です。80年代、私はゲームをするためにコンピュータを使っていました。それがきっかけで、コンピュータを学び、偶然にも(!?)エンジニアになってしまいました(笑)。だから、楽しさを実感できる、グラフィックスやビデオなどへの対応は必須です。Raspberry Piでは、プレイステーション 2のような3DグラフィックスやBlu-rayクオリティの映像も扱えます。また、3)小型・堅牢でなくてはいけません。学校に持って行くカバンの中に無造作に入れても壊れない、毎日持ち歩き、楽器のようにいつでもそれをいじっていられるということです。そして、4)廉価であるということです。25ドルという価格は、学校の教科書の値段を意識して設定しました。実は、この4つの条件をそろえるのはなかなか厳しく、全てを満たすために6年もの開発期間が必要でした。
われわれはこの間、非常にたくさんの試作品を作りました。2006年に着手したのですが、2011年になってやっと「これならいける」というものができました。それから、製品に搭載するならどのようなチップがベストかを調査しました。実は私は、ブロードコムの正社員なのですが、そのころ幸いにもRaspberry Piで使えるようなチップ(BCM2835)の開発に携わることができたのです。もちろん、BCM2835はRaspberry Piのために開発されたものではありませんが、われわれの要件に合うものとして必要十分でした。
こうしたアプローチは、ブロードコムの通常のビジネスモデルではありません。にもかかわらず、Raspberry Piのために、このチップを使えるようにしてくれたということで、会社からは多大な支援をしてもらいました。さらに、Raspberry Piの開発に時間を使うことも許してもらえましたし、ボランティアという形で、ブロードコムの同僚エンジニアたちが、夕方や週末の時間を使って開発をサポートしてくれました。
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