この50年、さまざまな設計ツールが登場し、そして消えた――今回は、そんなCADやPLMの歴史を幾つかの時期に分けて振り返っていく。
CAD/CAM/CAEやPLMが現代のモノづくりに欠かすことができなくなっていることを否定する人はもはやいないと思います。ほんの50年ほど前、1963年に産声を上げた今のCADのご先祖さま「Sketchpad」が世の中に登場して以来、設計のための環境は大きく変化してきました。ほとんどの設計の現場から、ドラフターなどが姿を消し、2D CADや3D CADが普及しました。
さらに3Dデータがあまねく設計環境に普及し、データを管理し、共有し、流通させることができるPLMを導入している組織においては、製品をほぼ100%、バーチャルなプロダクトとして、デジタルな環境でモックアップを作成し、物理的なプロトタイプに変わるものとして扱うことさえできるようになっています。
いまでこそ、このようなツール群がドライブしながら新しいモノづくりのプロセスを製造業に提案するような状況になってきていますが、元来これらのツール群は設計にあたるエンジニアたちが、より高度な製品開発を進めるために必要に迫られて生み出されてきたものです。そして、この50年間にさまざまなツールが生まれ、あるものは今でも活躍し、またあるものはいつの間にか消え去り、あるいは別のツールに吸収されました。
製造業は、「最終製品という物を作る」という意味では、まさに「モノづくり」というわけですが、今やそのうちのかなりの作業が「データづくり」になっています。
そのデータを作成するためのツールである3D CADは、もはや海外ツールがデファクトスタンダードになっています。これが良いとか悪いとかいう話でなく、なぜこのような状況になってきているのか、ということにも個人的には興味があるのですが、それにはやはり歴史をひも解かなければなりません。
この連載では、このようなさまざまなツールたちのルーツや変遷を振り返り、その時代を懐かしむ読み物としてだけではなく、温故知新という観点から、それらのツールが求められたもともとの意味を探り、今後の展開に思いをはせてみたいと思います。
本連載では、最初のCADといわれるSketchpadの誕生前夜といえる1950年代から話を始めます。そこから現代へ至る過程を古い時代から新しい時代へと向かうCAD/CAM/CAE/PLMの変遷を見ていく、いわゆるクロニクル(年代記)となります。
特定のアプリケーションを扱うというよりは、特定の年、あるいは特定の年代を扱い、その時代背景を踏まえながら、「その時代に何が起きていたのか」「その時代のビジネスの状況はどうであったのか」「その当時に流行っていたIT」あるいは「その当時の文化」などを見ながら、全体像をつかんでいきます。
現在、日本で使用されている主要な3D CADを始めとする設計ツールは、先述のように、外国製のものが非常に多く普及しているのが現実です。既にそれらの3D CADなどを使用している設計者の皆さんの中にも経験済みの方も多いでしょうが、最近は特に、非常にメジャーなCAD製品や、開発元の会社自体が買収されるケースが増えました。しかも、以前は同じ業界同士での買収劇であったのが、最近は違う業種からの買収劇も増えています。
ユーザーとしては、しっかりと自分のビジネスだけでなく、自分の使っているツールを取り囲むビジネスの状況も見ていく必要があるといえるでしょう。
次回から個別の時代を見ていきますが、その前に50年間の歴史全体を俯瞰しておくということで、まずは下図を見てみてください。
ここで示しているものはごく一部です。このチャートの中ではCAMやCG系のツールは扱っていませんが他意はありません。ほかのツールも含めて詳しくは、ほかの機会で示していくので、ここでは設計者が主に使用するにツールについて、簡単に触れるだけとします。
このクロニクルでは明確に示してはいませんが、その他の多くのITツールと同様に、CADなどの進化は、単に「テクノロジーの進化」というだけではありません。それは「大衆化の歴史」でもあります。
一番目立つのは、これらのソフトウェアを動かすためのプラットフォームであるハードウェアの値下がりです。1990年代前半までのUNIXのマシンが主流であったころの状況をご存じの方であれば思い出されるかもしれませんが、ハードウェアの重量も重かったのですが、値段もそれに負けず劣らず“重かった”のです。
HDDもUNIX用と言うだけで、Windows PCのものと比較にならないくらい高額でした。90年代前半に筆者が非線形解析のソフトであるMARCを扱うエンジニアであった頃、メインで使用していたマシンの1つHP9000の715に搭載されていたマシンは、重量があった割にメモリの大きさは16Mバイトだったという記憶があります。その時代ちょっとしたCAEを動かすハードウェアの価格は、1千万〜数千万円でした。
ハードウェアの価格の下落ほど劇的ではありませんが、CAD製品の価格の下がり方もやはり急ですね。「CATIA」や「NX」といった大手自動車会社を中心に使用される3D CADはやはり高額ですが、それとは別に90年代から登場してきた、いわゆるミッドレンジの3D CADのおかげで、CADという領域の製品の価格は大きく下がり始めました。いわゆるソリッドモデラーでも80万円も出せば、かなり高機能なものが手に入るようになりました。さらにサーフェイスCADであれば、Rhinocerosに至っては、比較サイトの「価格.com」で確認したところ、なんと最安値が、13万5498円(2012年1月現在)で入手することすら可能です。
価格が下落し、機能も落ち着いてきたところで、圧倒的にユーザー数の多い中小企業にも普及し始め、「設計のためのツール」になってきたといえるでしょう。それだけではありません。それを管理するためのデータを管理するいわゆるPDMも中小レベルでも導入できる程度の価格と“導入のしやすさ”が実現しました。
解析についても同様です。もちろん、厳密さや高度さが求められる解析は別として、現在の主要なミッドレンジの3D CADに付属する解析ソフトの高度化と使いやすさの進歩も著しいです。解析を行うための要素(メッシュ)を心配する必要もありません。落下の解析も単に「材料」と「どの高さから落下するか」を指定するだけで、それなりの解析ができてしまいます。もともと、非線形の解析に従事していた私としては、驚くべき進歩だと感じています。
これは私の主観ですが、そろそろCAD関連の業界も“サチって”きたと言えそうです。1980年代の後半から2000年代の初頭にかけて、大手のCADベンダーを中心に積極的な機能拡張を続け、バージョンアップごとに新機能を競いあってきていましたが、2005年を過ぎるころから徐々に、そのような状況は落ち着いてきました。余談ですが、ミズノ的には最後に飛び道具と感じた機能は、ThinkDesignの「Global Shape Modeling(GSM)」じゃないのかな、と思っています。
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