日本のモノづくりは「残り5%」で勝負せよモノづくり最前線レポート(21)(2/2 ページ)

» 2010年07月23日 00時00分 公開
[原田美穂,@IT MONOist]
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コモディティ化速度を脅威としない企業の存在から目をそむけてはならない

 ハイテク産業に従事する来場者からは「ハイテク産業では何かを作ったとしてもすぐにコモディティ化してしまい、人件費の安い国や地域に負けてしまう」という課題が投げかけられた。

 ここで、覚えておきたいのは、イノベーション論で著名なクリステンセンによると、コモディティ化やモジュール化による価格競争フェイズへの移行そのものは至るところで常に発生しており、このフェイズでの差別化は性能競争ではなくサービスなどのプロセスによってもたらされる、という指摘である。


……米国ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)教授は、「大半の商品ではコモディティ化やモジュール化が起こると、これを契機としてバリューチェーンのどこかで『脱コモディティ化』のプロセスが生じる」と論じている。これは製品そのものの性能競争が終わると、「すぐに手に入る」「故障時の対応がよい」などデリバリやアフターサービスのプロセスで差別化が起こるようになるという指摘である。
「@IT 情報マネジメント用語辞典「コモディティ化」より引用


 「ただ単純に製品作りにまい進したとしても日本企業に勝ち目はないでしょう。電子機器業界では韓国や台湾企業の猛追、コモディティ化速度の速さを脅威としているようですが、それではなぜAppleが悠然とその地位を保っているのかについて説明がつきません」。

 ちなみにAppleは、iPhoneやiPadの人気を背景に2010年4〜6月期に前期比61%増の売り上げ高を記録している(下記記事参照)。

 「サービス、ソリューションを含む魅力的な製品があれば、製品の部品や構成は単純化したりモジュール化したりしても、その価値に変わりはない、ということを、Appleは示しているのです」。

マーケットプレーヤーが変わっても5%の価値づくりに変わりはない

 来場者からは、講演後の質疑応答で「電気自動車時代が到来しようとしている。ガソリン車が必要としていた大量の部品は電気自動車では不要となるはずだが、これでは自動車産業そのものが崩壊してしまうのではないかと危惧(ぐ)している」という意見が出たが、これについては、「電気自動車時代になれば当然そのマーケットのプレーヤーは変化していくでしょう」と、プレーヤー交代の可能性を示唆したうえで、「電気自動車時代になっても、車の価値作りは残り5%をいかに作り込むかということに帰結するはず」と断言した。

 市場の変化を前に「部品メーカー各社は戦々恐々とした心持ちかもしれないが、残り5%を提供できる価値を考えていけば商機はあるはず」と、市場変化をチャンスに結び付ける取り組みを続けるべきという考えを示した。

残り5%をどう積み上げるか

 自動車業界に目を向けてみよう。自動車の設計・開発は徹底した擦り合わせ型開発だ。

5%の擦り合わせは95%のモジュール化が大前提

 ガソリン式自動車の基本構成要素は、それぞれの素材や機能、こまかな品質に違いはあれども、どのメーカーであっても大きな違いはない。エンジンですら直列型か、V型かなどの数種類の選択肢以外にはない。それ故、延岡氏は「自動車を構成する要素のうち95%はモジュール化可能」と断言する。

 そのうえで「自動車の購買行動は非常に特殊で、エクステリア1つの違いだけで100万円の差額があっても購入する、というケースがあるのが面白いところ」と評する。

 例えば、タウンユースがほとんどであるにもかかわらず、オフロード仕様の車両が都心の舗装道を通る光景はよく見かけるものだ。時には、どんな悪路を走るつもりなのかと疑問に思うほど車高を上げ巨大なタイヤを付けたオフロード車すら見かける。アウトバーンのような高速走行が可能な公道のない日本でフェラーリがその実力を発揮する場はほとんどないにもかかわらず、公道走行のためだけに購入する人たちがいる。こうした例は、自動車に機能以上の価値を求めているからにほかならない。

 95%の最低限の機能的用件については、モジュール化して機械的に作ることができるが、「あと100万円高くても買う、という人たちを引き付けるには、残り5%の擦り合わせ開発が絶対的に必要」だというのが延岡氏の考えだ。

 「この5%の部分の擦り合わせについては、日本は決して引けをとらない力を発揮できるはず」として日本的擦り合わせ開発の長所を生かした自動車づくりの可能性を示した。

 もともと現場主導での擦り合わせ開発によって品質を高めるのが得意な日本の組織の特徴を生かした価値創造こそが日本のモノづくり産業再生へのヒントとなる、というのが延岡氏の考えだ。

 当然、この5%の価値を作り出す前提には、どの企業であってもモジュール化して到達すべき品質をクリアしていることが大前提となるが、それさえクリアすれば、モジュール化だけでは到達できない領域で強みを発揮した価値づくりを行う余地が十分に残されているというのだ。

「企画書のフォーマットがそもそもスペック主義的ではありませんか?」

 価値作りがなかなかうまく実現しない、という来場者の意見に対して、延岡氏は以下のように問いかけた。

 「企画書のフォーマットがそもそもスペック主義的な体裁になっているのではありませんか?」

 実際に質問者が務める企業では、製品企画を提案する際に利用しているフォーマットでは仕様を記述する項目が大きく割かれているという。

 「それでは、価値づくりはままなりません。機能至上主義的開発から脱却するためには、まず社内の業務フローやフォーマットを見直していくことが重要です」。

 社内の評価指標や業務プロセスがそもそも目的に合致していないために結果が出ない、という問題は製品づくりだけでなく、多くの企業が抱える問題だ。

 業務フローや企画フォーマットは、作業者の思考を規定してしまうリスクを持っている。企画チームが「まずは社内で通ること」を目的化してしまった場合、取りあえずの業務フロー対応や、企画フォーマット上で評価が高まる形態を選択するようになるケースも少なくない。だからこそ、業務フローそのものを価値づくりに力点を置いたものに変えていき、全社に向けてメッセージを出す必要があるという。

 チップセットメーカーに務める来場者に対しては、「その製品を利用した場合の最終商品での価値をどれだけ考えているか、と問いたい。企画者や設計者たちは遮二無二に作っているのではないか」と問題提起し、部品を完成品メーカーに提供する側であっても最終製品における価値がどのようであるかを常に想像できる環境づくりが重要であることを訴えた。

 延岡氏は最後にこのようなメッセージを伝えてくれた。

 「アナログ時代のモノづくり職人的価値の大半は、いまやそれなりの機能を持った工作機械を導入しさえすれば同等のものを作れるようになっています。ではどうすべきか? 講演ではさまざまなヒントを伝えたつもりです。日本企業にはこの課題を超える義務があるのです」。

ラウンドテーブルの光景 写真左から、延岡教授、シーメンスPLM代表取締役社長 兼 米国本社 副社長 島田 太郎氏、ITmedia エグゼクティブ 編集長 浅井 英二
ラウンドテーブルでは各氏を囲んで来場者と活発な議論が行われた

価値づくりをサポートする企業として

 ラウンドテーブルでは、シーメンスPLM代表取締役社長 兼 米国本社 副社長 島田 太郎氏も講演を行った。島田氏は下記記事の通り、設計者としての長いキャリアを持つ。

 延岡氏の講演にあるように、残り5%の擦り合わせ開発がもたらす価値を得るためには、そのベースとなる95%の部分のモジュール化が必須だ。

 シーメンスPLMでは、設計・開発やアフターマーケットを含むモノづくりの「95%」の領域を包括的にカバーすることのできるPLM製品群を提供しており、PLM製品群導入とともにシステムやプロセス標準化などの形でモノづくり企業をサポートしている。同社PLM製品群は、「残り5%」の擦り合わせに必要な情報についても経験ある職人技としてだけでなく、広く若い技術者や外部組織にも見えるようにするための製品も提供している。

シーメンスPLM代表取締役社長 兼 米国本社 副社長 島田 太郎氏 シーメンスPLM代表取締役社長 兼 米国本社 副社長 島田 太郎氏
島田氏は、同社製品を通して「日本のモノづくりの価値向上に貢献したい」というメッセージを来場者に向けて語った


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