これまで述べてきたように、S&OPの考え方自体は非常にシンプルで、しかも従来のSCMの仕組みと比べ、より企業収益に貢献できるものと期待されている。しかし、欧米やアジアの企業に比べ、日本企業でのS&OP導入は大幅に遅れているのが現状だ。その理由の1つとして、先に述べたように現場の発言力が強く、経営のリーダーシップが効きにくいという日本企業独特の文化が挙げられる。
渋谷氏も次のように語る。
「マネジメントの強さで勝ち残ってきた海外の企業とは違い、日本企業はいままで現場力の強さで生きてきた。現場がその都度、短い時間軸でいろいろと考えて、創意工夫しながら業務をアジャストしていくことで、企業全体としての強さを発揮してきた。しかし、製造業のパラダイムはいま、大きく変わりつつある。この変化に追従していくためには、中長期的な時間軸を基に、マネジメントのリーダーシップを発揮する必要がある。しかし実際には、社内の各現場がリーダーシップに対する抵抗勢力になっていることも多い」
では、日本の製造業が今後生き残っていくためには、これまで培ってきた企業文化をドラスティックに変えていく必要があるのだろうか? 渋谷氏は「そういうわけではない」という。
「言いたいのは現場力(強み)を捨ててマネジメント力に切り替えるということではない。その企業がどういう文化を持っているか、これまでどういう歴史を積み重ねてきたかということをすべて無視して、すべてのやり方を一斉に入れ替えるようなことは非現実的だ。しかし一方で、マネジメントのリーダーシップを発揮するために変えるべきところはどんどん変えていく。例えば、雇用調整はしないという企業文化とリストラの議論はよく混同されるが、業務の簡素化・効率化により、売ることに直結するオフェンシブ業務に注力し、確認・調整といったディフェンシブ業務を一掃することなど、人の配置やビジネスモデルなど、変えられるところはいくらでもある。文化の議論とマネジメントの議論が混同されてしまいがちなところに問題があると思う」(渋谷氏)
要するに、おのおのの企業の文化や、その時々で変化する状況に合わせたマネジメントの仕組みを考えなくてはいけないということだ。S&OPに関しても、それぞれの企業の身の丈に合ったプロセスを構築することが重要だと渋谷氏は説く。
「必ずしも教科書どおりの完ぺきなS&OPプロセスを構築する必要はない。本来は、競合企業がやっていることをほんの少し上回ることができれば、それでいいはず。また、市場によっても意思決定のスピード感は違ってくる。例えば、成熟市場と新興市場では事情がまったく異なり、プレーヤが求めている(ついて来られる)マネジメントのレベルも異なる。濃淡をきちんと付けて、標準化すべき部分と、個別の事情(レベル)をすみ分けて実行するのがサプライチェーンやS&OPである」(渋谷氏)
国内ではまだ実際の導入事例が少ないため、参考となるプロジェクトはなかなか目にする機会がないのが現状だが、それぞれの企業の実態に合わせて、まずは軽く素早く試してみることが肝のようだ。渋谷氏も次のように語る。
「S&OPは『実現してなんぼ、効果を出してなんぼ』の世界だ。重厚長大なプロジェクトを回すのではなく、刻々と変化するビジネスの変化を受止め改革を推進するためには、スピード感を上げて、現場で実感できる効果を出すことが重要。営業改革やサプライチェーンの改革を成功させるためにはこれ以外のやり方はない。現場を巻き込む以上、成果を出すことに対しては、クライアント側もそれにかかわる我々コンサルタントも相当の覚悟と強い推進力が必要となる」
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巨大プロジェクトで考えず、スピードを上げ「出せる効果をすぐ出すことが重要」と渋谷氏
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S&OPによる中〜長期の経営計画と実行系のオペレーションの擦り合わせや、予測シナリオ構築の重要性については、連載記事「セールス&オペレーションズ・プランニングの方法論」でも紹介しているとおりだ。欧米ではすでに運用事例も複数あり、その効果も証明されつつある。また、日本でもグローバル企業を中心に注目を集め始めていることもあり、S&OPプロセスの実現を支援するITツールも現れてきている。従来型SCMでは乗り越えにくかった利益ベースの視点を強化するS&OPプロセスは、今後さらに注目が高まるものと思われる。
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