欧州が運用を開始するAI法は医療分野と調和できるか、量子技術との融合にも注目海外医療技術トレンド(123)(2/3 ページ)

» 2025年09月12日 06時00分 公開
[笹原英司MONOist]

医療技術評価やEHDSで期待される医療機器向けAIの役割と責務

 加えて医療機器向けAIに大きな影響を及ぼす可能性があるのが、医療技術評価(HTA)規則である(関連情報)。HTA規則は、医薬品、医療機器、体外診断用医療機器に関して、患者および利用者の健康保護の高水準を達成すると同時に、域内市場の円滑な機能を確保することを目的としており、加盟国間の協力を支援する枠組みや医療技術の臨床評価に必要な措置を確立するための枠組みの構築を目指している。

 HTA規則は、2025年1月12日より新しいがん治療薬や再生医療等製品(ATMP)の販売承認申請に適用開始となったが、2026年より、特定のハイリスク医療機器に適用される予定である。HTA規則上の特定ハイリスク医療機器には、クラスIIIの埋め込み型医療機器(例:薬剤投与用インプラント、心臓ペースメーカーなど)に加え、クラスIIbの能動医療機器(例:AIを搭載した診断支援装置、画像解析システムなど)、AIや機械学習の技術/アルゴリズムを使用する医療機器など、医療機器向けAIが含まれている。これらが、AI法上の「高リスクAIシステム」に該当する場合、AI法やMDR/IVDRに加えて、HTA規則も順守することが必要になる。

 さらに、欧州委員会の医療AI最終報告書では、医療AI関連法規制の一つとして、本連載第116回で触れたEHDS規則を取り上げている。

 EHDSのフレームワークには、欧州電子健康記録交換フォーマットなど、国境を越えた安全で相互運用性のあるデジタルインフラに関する共通技術仕様が規定されている。また、医療分野におけるAIの導入に関連して、EHDSはAIシステムの学習/性能試験/モニタリングに不可欠な高品質データセットの整備を促進する基盤として期待されており、AIの拡張性を妨げているデータの可用性、品質、断片化といった課題に対応することが可能になるとしている。さらにEHDSは、プライバシー保護、データの匿名化、安全なアクセスプロトコルを通じて信頼性確保にも重点を置いているとしている。

 そして表3は、本報告書のまとめとして、医療におけるAIツール導入時に直面する課題を整理したものである。

表3 表3 医療におけるAIツール導入時に直面する課題[クリックで拡大] 出所:European Commission「Study on the deployment of AI in healthcare - Executive summaries」(2025年8月8日)を基にヘルスケアクラウド研究会作成

 AI法上、欧州市場で事業展開する医療機器企業は、AIシステムを開発/製造し、市場に投入する責任を負う「提供者(Provider)」だけでなく、提供されたAIシステムを自身の権限の下で実際に使用する「導入者(Deployer)」として関与するケースも想定される。これに、一般データ保護規則(GDPR)上の「管理者(Controller)」と「処理者(Processor)」や、EHDS規則上の「データホルダー」と「データユーザー」など、さまざまな役割と責務が、重なり合うことになる。

AIと量子技術の融合に向けたEUのイノベーション推進施策

 欧州全域で、AI法の段階的な適用開始と並行して顕在化しているのが、次世代量子技術の取り組みである。

 AI分野では2024年4月9日、欧州委員会が、AI分野における競争力を強化しながら「AIをけん引する大陸」となるための「AI大陸行動計画」を公表している(関連情報)。この計画では、人間中心で信頼できるAIが経済成長において重要であり、同時に社会的な基本原則や権利を保護するための政策措置が必要であるとした上で。迅速な政策対応とおよび具体的な行動を提案している。以下の5つの重要な取り組み領域を挙げている。

  • コンピューティングインフラストラクチャ:EUの公共AIインフラストラクチャを拡大し、イノベーターや研究者が最先端のAIモデルを訓練/微調整できるようにする必要がある
  • 高品質なデータ:高品質なデータへのアクセスをAIイノベーターに提供するための取り組みを強化する必要がある
  • AIアルゴリズムのさらなる開発の促進とEUの戦略的分野における導入の推進:今後発表されるAI適用戦略や、欧州デジタルイノベーションハブの再編、欧州の資金提供プログラムを通じて、スタートアップ/SMBや戦略的分野向けの導入推進策を強化する
  • EUの強力なAI人材基盤:EU全域において、既存のギャップを埋めることを含め、AIスキルの強化が必要である
  • AI法順守の促進:EUの広大な単一市場は大きな資産であり、AI法など、明確な一連のルールによって、市場の分断を防ぎ、AI技術の利用における信頼と安全性を高めると同時に、特に小規模なイノベーターにとってAI法の順守を容易にする必要がある

 他方、量子技術分野では、2025年7月2日、欧州委員会が「量子欧州戦略」を公表している(関連情報)。欧州委員会は、「量子技術(Quantum Technologies)」について、量子力学を活用して、従来の技術では解決不可能、または非常に非効率なタスクを実行するものであり、主な技術分野には、量子コンピューティングとシミュレーション、量子センシング、量子通信が含まれると定義している。

 量子技術は、コンピューティング、医療、サイバーセキュリティ、モビリティ、気候予測などの分野を変革し、革命をもたらすものであり、イメージングセンサーによる早期診断の実現、創薬の加速、データセキュリティと超高セキュリティ通信のための暗号技術の進化、物流や交通の最適化、ナビゲーションシステムの高度化、地下構造のマッピングによる地震の早期警報など、さまざまな可能性を秘めている。

 量子欧州戦略では、以下の5つの領域に焦点を当てている。

  • 研究とイノベーション:量子科学とその産業変革において、欧州全体の卓越性を結集し、世界をリードする
  • 量子インフラ:製造、設計、アプリケーション開発を支えるスケーラブルで協調的なインフラ拠点を構築する
  • 量子エコシステムの強化:スタートアップやスケールアップへの投資、サプライチェーンの確保、量子技術の産業化を通じて推進する
  • 宇宙およびデュアルユース量子技術(安全保障と防衛):欧州の宇宙、安全保障、防衛戦略に、安全で主権性のある量子能力を統合する
  • 量子スキル:EU全体で教育、訓練、人材の流動性を連携させ、多様性に富んだ世界水準の人材を育成する

 AI大陸行動計画や量子欧州戦略を受けて、欧州委員会は2025年7月15日、AIギガファクトリーの創設および欧州ハイパフォーマンスコンピューティング共同事業(EuroHPC JU)における量子部門(Quantum Pillar)設置を支援することを目的とする改正EuroHPC規則提案を採択した(関連情報)。EuroHPC規則は、EUのスーパーコンピューティング能力を強化し、量子技術やAIの研究/開発/応用を支援することを目的として2021年8月9日に発効した域内統一ルールであり、今回の改正提案は、EuroHPCをAI、量子技術、クラウドコンピューティングの統合基盤に進化させることを目指している。

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