インタビュー
» 2021年10月06日 09時00分 公開

超複雑な歯ブラシ開発をAIで効率化、ライオンの進化を加速する「DX推進部」製造マネジメント インタビュー(2/2 ページ)

[池谷翼,MONOist]
前のページへ 1|2       

「不採用」データの収集で苦労

MONOist AIモデル開発時に苦労した点などはありますか。

黒川氏 これまで保管していた当社の歯ブラシの開発データを一元的に把握できるようにした上で、前処理を行う必要があったのだが、不採用となった仕様候補のデータ収集に手間取った。

 AIモデルの学習には採用となった製品仕様のデータだけでなく、不採用となったデータのサンプルも必要だ。だが、採用データは比較的しっかり保管されていたものの、不採用のものはそうではなかった。過去のデータから見つけ出し、データを整形するのに苦労した。

定量化されていない「香り」のデータからAIモデルを開発

MONOist DX推進部のもう1つの活動成果についてもご説明ください。

黒川氏 ハミガキのフレーバー開発におけるAI活用だ。いくつかの原料から目当てのフレーバーを調合する人をフレーバリストと呼ぶが、彼らの官能評価(五感による評価方法)を効率化する目的で導入した。

 ハミガキのフレーバー開発は、専門のフレーバリストがミントなど約500の原料から最適な組み合わせを探りながら調合していく。原料となる候補が多い分、目当てのフレーバーを実現するための選択肢が膨大なものとなり、とても大変な作業になる。熟練したフレーバリストであれば複数の制約条件を念頭に、最適な組み合わせを最短で導出できるが、若手だとそうもいかない。どうしても思考の幅が狭くなるため、試行錯誤を繰り返して調合回数が増えてしまう。結果として、手戻りが多くなり、調合レシピの作成時間が長くなりがちだ。

熟練者と新人フレーバリスト思考の違い[クリックして拡大] 出所:ライオン

 調合レシピ作成をAIで効率化すれば、開発期間全体の短縮につながる。そう考えていたが、実際に開発を進めるとある問題が存在することに気付いた。

 フレーバリストは調合に用いる各原料の特徴をラベリングしてデータベース化している。しかし、それらは「とがっている」「丸みがある」「華やかである」などさまざまな語彙によって香りを表現するもので、数値などで定量的に特徴を表現したものではなかったのだ。

 AIに定性データを学習させることは、当社の力だけでは難しかった。このため、外部のAIスタートアップであるLIGHTzに協力を求め、AIモデルを完成させた。「華やかで香りが強め」など制約条件をいくつかのパラメータを操作して設定すると、AIモデルが目当てのフレーバーを実現し得る調合レシピを自動的に提案する。これによってフレーバリストは調合レシピの絞り込み作業にのみ集中できる。試算段階だが、開発初期に要する時間の半分程度は削減できたのではないかと見込んでいる。

経営層や情シスと緊密な連携

MONOist DX推進部自体はいつ設置されたのでしょうか。

黒川氏 DX推進部が立ち上がったのは2021年1月だ。ただそれ以前から当社では、海外メーカーなどのデジタル化の取り組みについて情報収集は進めていた。

 本格的に全社的なデジタル化推進を進めることになったのは、2017年からだ。研究開発本部などをはじめ社内各所から人材を集めて、全社プロジェクトとして社内のデジタル化を推進する部署ができた。私も研究開発本部にいたがこちらの部署に移り、世界全体のデジタル化の動向や、当社が優先的に取り組むべき課題を定めるプロジェクトなどにしばらく従事した。

 2018年にはデータ活用や新規事業立ち上げの推進を目指す部署が立ち上がり、2019年からは研究開発本部に「データサイエンス室」が設置されて、AI活用に向けた研究などを進めた。その後、全社的にデータやAI活用を展開するため、2021年1月にDX推進部を立ち上げた。

MONOist さまざまなDXの取り組みを推進されています。手応えはどうですか。

黒川氏 社内の受け止め方として、攻めのDXに関しては、データを基に新しい価値や切り口を見いだそうとする姿勢が各事業部に広がっていると感じる。守りのDXに関しては、「残業時間が減った」「本来の業務に集中しやすくなった」との声を多くもらった。

 また、DX推進部の実感として、経営層、情報システム部門とかなり緊密に連携できている点が大きなポイントだと考えている。DX推進部内には情報システム部門から移ったメンバーもいる。このため、いかにして業務システムに落とし込むかまで具体的に考えながらDXを進めることができている。

MONOist DXを通じて、今後どのような取り組みを進めていく予定ですか。

黒川氏 特に攻めのDXについては、ライオンとしてどのような「攻め」を実現していくのかを具体的に決めていく必要がある。新しい取り組みに挑戦するには、他企業との協業が欠かせない。当社はオーラルケアのデータを大量に保有しているが、これを例えば教育関連のデータやバイタルデータなどと組み合わせることで、これまでになかった価値を提供できるサービスを生み出せると考えている。

 新事業として有望視しているのが「健康経営」の分野である。オーラルケアと全身的な健康状態の関係性がデータを通じて見えてきているところだ。こうした知見を従業員の健康維持などに役立てる、企業向けサービス開発などにつなげたい。

⇒その他の「製造マネジメント インタビュー」の記事はこちら

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.