エンジニアリングチェーンのフルデジタル化がもたらすモノづくりの新たな姿とは:日系製造業の設計プロセス変革
複雑化するモノづくりを背景に設計領域でも変革を求める動きが高まっている。本稿では、オンラインセミナー「日系製造業の設計プロセス変革 〜なぜエンジニアリングチェーンをフルデジタルでつなぐべきなのか〜」(富士通主催、2024年9月30日)におけるものづくり太郎氏、イノベーティブ・デザインの石橋金徳氏、富士通の野田智孝氏によるパネルディスカッションの内容をお伝えする。
製品ニーズが多様化し、設計プロセスも複雑性が高まっている。先進企業は設計領域の変革に積極的に取り組んでいるが、一方で多くの製造業で「進めたくても進められない」という声もよく聞く。日本のあらゆる製造業でエンジニアリングチェーン変革を進めるにはどういう考え方が必要で、どういう手を打つべきなのだろうか。
限界を迎えている2次元図面主体の運用 必要なデータ整理
製造業系YouTuberでブーステック代表取締役/PLMコンサルタントのものづくり太郎氏は、日本の製造業における設計環境やエンジニアリングチェーンについて「多くの製造業でいまだに2次元図面が使われていますが、2次元図面主体の運用には多くの課題があります」と問題提起する。
「これまで日本は、2次元図面に全ての情報を描き、それを『擦り合わせ』で埋めることで世界最高峰のモノづくりを実現してきました。しかし設計環境の3次元化が進み、この方法では3次元設計から生成される情報と現場の動態がひも付かず、情報の無駄が生まれる他、製品のライフサイクルを通した情報管理ができません。製品原価をリアルタイムで正確に把握できないなどの問題も生まれます。生産技術に関する情報が設計側にフィードバックされないため、設計が無駄に多品種化します。擦り合わせのきめ細かさが本当に企業の強みなのかどうかを再考する必要があります」
システム化が進むグローバル企業の設計環境に対し、日本企業の多くがいまだに煩雑なExcel管理を行っていると指摘。「製品開発において、従来はメカが主役でしたが今はソフトウェアが機能の中心を形作るケースも増えています。そうなると、それぞれを一元的に管理できておらず、PLM(Product Lifecycle Management)戦略が定まっていない企業では対応が困難な場面が数多く生じます。『エンジニアリングチェーンの変革』といっても、QCD(品質、コスト、納期)の何を管理したいのかという目標設定が必要です。それを決めた上で必要なデータを選定して活用する仕組みをつくらなければ本質的な変革は起こせません」
さらに、将来的には製造業にも生成AIを搭載したツールが導入されると予測。「おそらくBOM(部品表)などのエンジニアリングチェーンを管理するツールにMicrosoft Copilotのような生成AIツールを組み合わせたものがどんどん出てくるはずです。しかし、日本の製造業の多くは生成AIに学習させるべき情報が整理されていません。これを整理しない限り今後の競争に勝ち残れないことは明白で、これが大きな問題点だとみています」と、ものづくり太郎氏はさらなる課題を示した。
今後はセマンティック技術の応用がカギに
ものづくり太郎氏が指摘したエンジニアリングチェーンの情報の取りまとめについて、システムズエンジニアリング、MBSEなどのシステムズアプローチで解決しようとしているのがイノベーティブ・デザインのFounder/CEOである石橋金徳氏だ。石橋氏は「エンジニアリングに関する情報で重要なのは、単に情報があるというだけではなく、コンピュータが業務を支援できるレベルまで適切に整理されているかどうかです」と訴える。
そして、ポイントとして「システム全体を俯瞰(ふかん)するプロフェッショナルであるシステムズエンジニア」と「そのシステムズエンジニアを支えるセマンティック技術の応用力」の2点を挙げた。
石橋氏は前者について「システムの目的や背景を明確化し、ライフサイクルやコンテキストなどを分析的に理解し、アーキテクチャを設計する」「システムのV&V(検証と妥当性確認)についても戦略性を持って計画、実施する」人物が相当するとし、「近年では企業内で大規模開発を領域横断的にけん引するシステムズエンジニアの重要性が高まっています。組織として意図的に発掘、育成、抜てきする動きに変わりつつあります」と語った。
後者については、セマンティック技術について「情報の意味をコンピュータが理解できる形で構造化し、電算機に情報収集などの処理を手伝わせる技術」と定義した上で「システムズエンジニアは、このセマンティック技術を活用してシステムに関する大量のコンテキスト情報や設計情報、プロジェクト情報などを意味や関係性を持つ情報構造体として管理します。システムズエンジニアの役割として、システム全体の分析、意思決定、関係者への情報展開があります。それを支える道具としてセマンティック技術は有効です」と説明する。
ただ現状では、PowerPointやExcelで関係者の専門性に合わせた個別の資料を大量に作成し、それを各所に配布し、正確に目的や指示を伝える仕事にシステムズエンジニアは追われている。「みんなで同じものを開発しているはずですが、部門や立場によって情報を切り取る側面が異なるのでそれに合わせたコミュニケーションが必要です。システムズエンジニアが果たしたいのは、複数の領域に正確な情報を迅速に伝えて検討してもらうことや、各所から集まる情報の整合性を確認することです。この煩雑さの一部をコンピュータの力(セマンティック技術)で解決することを目指しています」
セマンティック技術をシステムズエンジニアの業務に生かすためのポイントについて石橋氏は、情報と情報の関係性を構造的に整理する「情報のマネジメント」、各専門領域に効果的に伝わる形で情報を可視化する「情報のビジュアライゼーション」の2点が重要だと説明する。「モノづくりプロセス、設計プロセスにおいて、最終的に人の力が重要であることは間違いありません。しかし、これらの2つの点については開発の規模や複雑さが増してくると人手で全てを完璧にこなすのは難しく、コンピュータの力(セマンティック技術)が高い効果を発揮する領域です。これらを活用することでシステムズエンジニアはさらに本質的な業務に集中できます」
富士通が目指すフルデジタル化による製造業の課題解決
こうしたエンジニアリングチェーンの変革を支援するツールを提供しているのが富士通だ。富士通はエンジニアリングチェーンの変革に向けて「市場ニーズを捉えたアジャイルな製品開発」「イノベーティブな製品開発環境」「トレーサビリティーによるガバナンス強化」の3本柱で提案を進めている。
アジャイルな製品開発について、野田氏は「富士通はMBSEと似た手法を既に社内に確立しています。40年にわたるスクラッチ開発の経験を通じてさまざまなプロセスがルール化されており、曖昧な言葉の揺らぎや要件をソフトウェアに落とし込むための標準仕様が整っています。こうした技術と経験を組み合わせて、MBSEやシステムズエンジニアリングに貢献します」と述べた。
イノベーティブな製品開発環境については「業務プロセスをしっかりと標準化し、使えるデータを蓄積します。これだけでも開発期間を短縮でき、プロジェクトのコミュニケーションは良くなります。AIを活用するためにもこれは必要です」と説明した。
トレーサビリティーによるガバナンス強化については「PLMとERP、製造現場のデータをデータの層でつなぐことによって、データプラットフォームで製品情報やその影響範囲などを特定可能になります。それを生かして不良の発生やその対策などのガバナンス強化が実現します」と説明する。「データベースは、登録名や記録方法が異なるなど、簡単にデータ連携できない状況があります。きちんと言葉を合わせて使えるデータの意味をつなげる作業が必要です。『意味があるデータ』で意思決定できるようにすることが求められます」
野田氏は、セマンティック技術を自動車のソフトウェア設計に適用した事例や過去の個別見積もりデータを活用して類似見積もりをAIがサジェストする事例などを紹介。富士通もセマンティックデータを使うことによって全国にある100以上の老朽化したシステム群を統合し、3カ月でデータドリブン型の業務にアップデートした事例を紹介した。これらを踏まえて野田氏は「データを意味のある形でつなぎ、一貫したエンジニアリングプロセスを実現し、意思決定をサポートしたいと考えています」と述べた。
エンジニアリングチェーンの変革を進めるポイント
では、実際にエンジニアリングプロセスを変革するにはどの点がポイントになるのだろうか。
この問いに対してものづくり太郎氏は、「経営者の意思決定」を挙げる。「PLMなどによってエンジニアリングチェーンが一貫して、本当の意味でデータでつながるようになると仕事の内容が大きく変わります。つまりエンジニアリングチェーンだけの問題ではなく、組織面や人材面などが問題になるわけです。そこにどう対峙(たいじ)するかが難しいところで、経営の意思決定者が腹をくくることが重要になると考えます」と述べた。
石橋氏は全く異なる観点から「日本語の揺らぎ」に言及した。「日本語は文脈によって意味が違うなど、自由度が高く美しい反面、英語に比べるとコンピュータが解釈しにくい言語体系であると言えます。コンピュータを上手に生かしてうまく自分たちの仕事を手伝ってもらうためには、何も考えずに日本語で情報を記述するのではなく、意図的に構造化して『異なる人々の間で認識が合うか』『コンピュータでそれが解釈、管理ができるか』を意識することがフルデジタルでデータを活用するための大きな変革の第一歩ではないかと思います」とポイントを示した。
野田氏はさまざまな環境でも一貫してデータを活用するために「全てのデータをローカルではなくクラウドに置きましょう」と提案する。「今のシステムや業務はそのままに、1回クラウドに置いてみて、それぞれが保有する情報をデータ化することを考えてみるとよいと思います。データを共通の場に上げることで、クラウド上でわれわれが得意な『擦り合わせ』ができます。そこをまず進めることで、データ活用の新たな課題やポイントなどが見えてきます」と訴えた。
日本の製造業は各領域がサイロ化され、設計開発段階で製造工程や使用環境などを細部までシミュレーションするのが難しかった。今後の技術者減少やグローバル競争の激化、製品の複雑化などを踏まえると、従来の人手頼みの対応ではいずれ限界を迎えるのは明らかだ。フルデジタルでエンジニアリングチェーンを一貫したデータで結ぶことで、価値あるフロントローディング化ができる。設計変革に向けてどのように取り組むか、今まさに判断が問われていると言える。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2024年11月13日