概念データモデルが有効に使える2つ目のシーンとして、合弁会社設立やM&AにおけるPMI(Post Merger Integration)への対応を挙げたい。第1回でも述べたが、これまで競合と思われていた企業間での合弁会社設立の報道を目にすることが増えた。この際に必須のPMIでは、個社の強みを組み合わせて、より良い商品やサービスを適切なタイミングとで提供するために、業務やITシステムをいかに統合していくかが重要な論点の1つになる。
もう少し詳しく解説していこう。PMIにおける業務/ITシステムの統合では、両社の業務/ITシステムを詳細に比較し、差異を可視化した上で、買収元や資本比率を基に、片方の業務/ITシステムを採用して片寄せするのが一般的だ。もし、双方の企業がともに同一パッケージシステムを全くアドオンせずに使用していれば、業務統合は容易だろう。だが、残念ながらそのような企業は少ない。多くの企業で業務/ITシステムは、個社のビジネス環境において最適化されており、それらを無理に統合すれば、かえって非効率性になりかねない上、統合するために新たな業務/ITシステムが要請されることさえある。
こうした場面で有効なのが概念データモデルだ。概念データモデルは経営環境の変化や業務/ITシステムの変化に応じて、それらとデータを切り離し、連携させやすくする。例えば、あるデータを社内の複数のITシステム、またはグループ会社間で活用したい場合、打ち手としてはデータを完全に一元化、共通化するか、あるいは、個々のITシステムが持つデータを変形/連携する方法の2つがある。
最近では後者の方法を採ることが多い。データを一本化するには工数も費用も掛かる上、業務/ITシステムの制約などでそもそも実現できないケースもある。将来的になんらかの理由で、一部データの要件変更が求められ、その対応をしなければならないこともあり得る。こうした課題が顕在化する最たる例が、PMIなのだ。
データのつながりが明確になれば、関係しない業務や統合優先度の低いITシステムをすぐに見分けられる。しかし、ほとんどの企業には概念データモデルに相当するものが無い。このため、多くのPMIでは全領域における業務/ITシステムの比較や差分抽出、統合に時間を割いてしまい、両社のシナジー発現に直接貢献しない領域の議論が長引く事態を招いている。
具体例を1つ提示したい。M&Aを通じて、それぞれの会社が個別に生産していた品目を互いの工場でも生産することになったケースを想像してみてほしい。工場が異なる以上、製造業務の統一はハードルが高く、業務ITシステムの統一ニーズは低いだろう。しかし、生産計画や(会計につながる)生産実績のデータ項目は、両社の全工場で統一しておかなければ、製品の最適な生産地も判断できないし、会計/経営上の意思決定も滞る。
そのため、もともと自工場で作っていた計画/実績データを新会社や買収元のデータに置き換えたり、そのための適切なデータ変換を考えたりする必要がある。この際に概念データモデルがあれば、データの比較や変換内容、変更時の影響範囲の特定を行いやすい。
反対に、概念データモデルが無いと、現場視点での業務/ITシステムのなじみやすさや使い勝手が議論の中心になりかねない。調達/製造全領域の業務内容の比較と差異分析や、ITシステムの使い勝手の良しあし、自社の生産方式への適合性など、重要ではあるが、M&Aが本来狙う両社のシナジー創出とは懸け離れた話が論点になってしまう。
各社がそれぞれ概念データモデルを持っていることが理想ではあるが、どちらか一社が持っているだけでも、M&Aや合弁会社設立の狙いに即したPMIの実行優先度や論点の設定が可能となる。
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