武田薬品工業と京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が共同研究プログラム「T-CiRA」の研究開発成果の社会実装を目的とする「オリヅルセラピューティクス株式会社」の設立背景と今後の展望について説明。同社は2026年をめどにiPS細胞由来の心筋細胞と膵島細胞を用いた再生医療の臨床有効性・安全性データを収集し、株式上場を目指す。
武田薬品工業と京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は2021年8月10日、オンラインで会見を開き、両者が2015年から取り組むヒトiPS細胞を用いた創薬や細胞治療を目的とする共同研究プログラム「T-CiRA」の研究開発成果の社会実装を目的とする「オリヅルセラピューティクス株式会社」の設立背景と今後の展望について説明した。同社は、武田薬品工業に加えて、京都大学イノベーションキャピタル、三井住友ファイナンシャルグループ、三菱UFJ銀行、メディパルホールディングス、三井住友信託銀行の出資により既に約60億円を調達しており、2021年6月1日から業務を開始している。今後は、2026年をめどにiPS細胞由来の心筋細胞と膵島細胞を用いた再生医療の臨床有効性・安全性データを収集し、株式上場を目指す。
オリヅルセラピューティクスは、本店を京都大学(京都市左京区)、事業所をT-CiRAの拠点である湘南ヘルスイノベーションパーク(神奈川県藤沢市)に置く。従業員数は約60人で、T-CiRAで研究開発に携わってきた武田薬品工業やCiRAなどの約40人の研究者・技術者が含まれる。
代表取締役に就任した野中健史氏は心臓外科医であるとともに、2002年から製薬企業で糖尿病、C型肝炎、炎症性腸疾患、血液がん、感染症領域などの臨床開発をリードし、複数の外資系製薬企業でR&D本部長を務めてきた人物だ。野中氏は「山中先生が開発したiPS細胞の事業化に携われて心が震える思いだ。医療現場からは臨床に使えるiPS細胞が早期に求められており、当社で扱うT-CiRAの研究開発成果を基にした心筋細胞と膵島細胞は実用化の観点で極めて有望だと考えている」と語る。
オリヅルセラピューティクスは、T-CiRAにおけるiPS細胞由来の心筋細胞と膵島細胞に関連する知財・データなどが移管されており、今後はその実用化、社会実装に向けた技術開発を進めていくことになる。
CiRA 准教授の吉田善紀氏が研究を進めてきた心筋細胞は、重度心不全患者への臨床応用を目指している。高い生着性を持つとともに独自の低分子化合物による精製で高純度化が可能であり、不純物となる目的外の細胞を大幅に減らせるため重篤な不整脈を起こしにくいことが特徴。また、細胞凝集による移植が不要であり、カテーテル治療法などに適している。
一方、CiRA 講師の豊田太郎氏が研究をリードしてきた膵島細胞は、1型糖尿病患者への臨床応用を目指している。1型糖尿病では、膵島のβ細胞に障害が起きてインスリンが分泌されなくなるが、CiRAで研究してきた膵島細胞を用いることでインスリン分泌が可能になる。最大の特徴は、膵島細胞への分化誘導度と細胞精製レベルが極めて高く、造腫瘍のリスクが極めて低いことだ。
そして、心筋細胞、膵島細胞とも、バイオリアクターによる培養と増殖が可能であり、これによって低予算でのスケールアップを図れる。「高品質を保ったまま、直接的にコストダウンを図れる。このことも当社の強みになる」(野中氏)という。
この他、オリヅルセラピューティクスが持つiPS細胞の利活用に関する最先端の技術やノウハウを業務委託の形で他企業や大学機関などに提供する「プラットフォームイノベーション事業」も展開する予定だ。
野中氏は「iPS細胞を実用化、社会実装していく上で課題になっていたのが、国内医薬品開発で“死の谷”と呼ばれる前臨床開発や探索的開発臨床のフェーズだ。当社はこの課題を克服するため、独立企業として設立された」と強調する。
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