工場内の人やモノの現在地や移動や動線をリアルタイムに可視化する。そんな位置情報サービスを開発し、注目されているのがベンチャー企業のビーキャップだ。ビーコンとクラウドを連携させたシンプルかつ低コストなプラットフォームを生かすことで、IoTへの参入障壁を下げ、業務改善に役立つシステムを短期間で構築できるのが特徴だ。
「工場内のどこにあの人がいるのか」や「危険エリアに立ち入った人はいないか」「台車やパレットなどの機材がどこにあるのか」など、生産性などが厳しく問われる工場や倉庫などでも、意外に人やモノを探している時間は多いのではないだろうか。
これらを解決するために注目されているのが「位置情報サービス」である。位置情報サービスといえば、広域を移動する人やモノの管理ではGPSを活用したシステム、大量のモノの管理ではRFIDを用いたシステムなどが既に利用されている。しかし、その中間領域では、ちょうど当てはまるソリューションがなかったというのが現状である。
例えば工場やオフィス、倉庫内などローカルな場所で、なおかつ管理する対象物の数もそれほど多くないといった場合、GPSやRFIDでは収集できるデータの粒度が合わなかったり、効果に見合わない過大なシステム投資が必要になったりし、費用対効果が発揮できない場合が多かった。
こうした中、じわじわと注目度が高まっているのがビーコン(Beacon)を用いたIoT(モノのインターネット)システムである。ビーコンとはもともとは、「のろし」を意味しており、無線で信号を発信するデバイスである。最近では、低消費電力の近距離無線技術「Bluetooth Low Energy」(BLE)の普及により、同技術を活用した位置特定技術やその発信機などを指すために使われる場合が増えてきている。
ビーコンの発信機といっても決して大掛かりなものではなく、最近では1枚2000〜3000円程度で手に入る。また、iOSやAndroidなどのスマートフォンの主要プラットフォームでネイティブ対応が進んだことで、簡単にスマートフォン端末との連携が可能である。例えば、Bluetooth機能をオンにしている状態で専用アプリをインストールしていれば、すぐに位置計測が可能となる。これらを背景とし、短期間かつ安価にシステムを構築できることから今まさに普及が加速している状況があるのだ。
こうしたビーコンを活用した位置情報システムで先行するのが、2019年3月1日に本格稼働したスタートアップ企業である「ビーキャップ」だ。ビーキャップは、AIやモバイルアプリ開発などを推進するジェナのIoTソリューション事業部がMBO(経営陣買収)を行い、独立して誕生した。
ビーキャップ 代表取締役社長の中垣雄氏は「われわれがビーコンを活用した位置情報サービスに最初に参入したのは2013年のことです。それ以降、オフィスや工場、病院、イベントなどさまざまな現場の身近な課題解決に取り組み多くのユーザーに導入していただくことができました。現在では3万台を超えるビーコンを管理、運営しています。2018年の売上高は対前年比で4倍近い伸びとなっており、このビジネスの大きな可能性を確信し、専門企業として独立することを選びました」と語る。
具体的にビーコンを活用することで、どんな位置情報サービスが可能となるのだろうか。同社がジェナ時代から手掛けてきたシステム構築の事例に注目してみよう。まずはネスレ日本における「トラックの到着から出荷までのステータスの見える化」への取り組みが挙げられる。
多くの製造業で起こっていることではあるが、ネスレ日本でも工場や倉庫にさまざまな物流業者のトラックが入っており、どの物流業者のトラックが到着したのか分からないという状況が生まれていた。これにより、敷地内では多くの製品や部品の積荷準備などで必要のない待機時間が発生し、結果的にトラックドライバーの長時間労働にもつながっていた。この課題を解決するためにビーキャップのビーコンを使った位置情報サービスを活用したのである。
導入したサービス基本的な仕組みは非常にシンプルなものだ。工場受付時に物流業者へビーコンカードを配布し、敷地内の各ゲートポイントにスマートフォン端末を設置。これにより、トラックが敷地に到着しゲートポイントに近づけば、ビーコンカードと各ゲートのスマートフォン端末が通信を行い、どのトラックがどのゲートに到着したのかが把握できるという仕組みである。
この情報を入出荷の現場とリアルタイムに共有することで「どの業者向けに出荷する商品を準備すればよいのか」や「どの材料や部品を受け入れ準備しなければならないのか」が分かるというものだ。なお、この取り組みは経済産業省と国土交通省が主催する「グリーン物流パートナーシップ会議」において2016年度の特別賞を受賞するなど、国や産業界からも高い評価を受けることとなった。
もう1つ紹介しておきたいのは、ビーキャップの出資者でもある株式会社ジェーエムエーシステムズ(JMAS)と共に取り組んだ「工場内のフォークリフトの稼働実態の可視化」である。
今回の導入先ではフォークリフトの稼働実態を定点観測や後追い観察など人手によって明らかにしようとしたが、断念した過去があった。広大な敷地内をランダムに走り回るフォークリフトの移動距離や時間、動線などの稼働実績データを目視や手書きで集めることは非常に困難だからだ。
この反省を生かしてビーコンの採用を決めた。屋内の積み下ろし場所や運び込み場所、移動経路などの数十か所にビーコン端末を設置。これらの場所から発信される信号を各フォークリフトに搭載したiPod端末で常時検知し位置情報として集約する。これにより各フォークリフトの動線や走行頻度を工場内の見取り図にヒートマップで可視化するシステムを構築した。そこから得られるさまざまな洞察(気付き)をもとに、フォークリフトの運用効率改善を進めた。
シンプルな効果の1つとして、フォークリフトごとに異なる稼働時間に応じて最適な容量のバッテリーを搭載することが可能となったという。「電動フォークリフトのバッテリー使用量は各機器や稼働状況により大きく異なります。しかし従来はこれらの差にきめ細かく対応することができませんでした。稼働状況が見えることで作業エリアによって必要なバッテリー容量や、作業方法などを考えることが可能になりました」と中垣氏は強調する。
この2つの事例において注目すべき点が「位置情報を計測、収集する仕組みの違い」である。ネスレ日本のシステムでは、移動するトラックの側にカード型のビーコン端末を持たせて位置情報を収集する仕組みを取っている。一方で、フォークリフトの動線解析のシステムでは、ビーコン端末を定点に固定して設置し、フォークリフト側にスマートデバイス端末を搭載して位置情報を収集している。
「ビーコンを移動体側に設置するのか、定点側に設置するのかは、それぞれ利点が異なります。ただ、この2つのタイプのビーコン活用に対応できる開発ベンダーは、業界でも非常に限られています」と語るのは、ビーキャップの取締役副社長を務める岡村正太氏である。
「それぞれの仕組みに大きな違いはないように見えますが、実は固定されたビーコン端末の信号をスマートフォンやタブレットのバックグラウンドプロセスで検知するのは非常に難しいのです。しかし当社では数多くの案件を重ねる中でこの技術課題をいち早くクリアしてきました。それぞれのパターンで、顧客の業務改善の目的や製造現場の環境にあわせた最適なビーコン活用のスタイルを提案できることが、われわれの最大の強みになっています」と岡村氏は訴える。
ビーキャップが提供する位置情報サービスの核となっているのが、ビーコン管理プラットフォーム「Beacapp」だ。これはビーコンを活用したIoTシステムを簡単かつ迅速に実現できるプラットフォームである。
例えば、既存のアプリケーションにBeacappのSDK(Software Development Kit)を組み込むことで、そのアプリケーションのデータとビーコンからのログ情報を同時に取得することができ、さらにそのデータをAPI(Application Programming Interface)経由で目的の業務システムとリアルタイムで連携させることができる。また、同社では、このSDKを組み込んだシステム開発を請け負うことも実施しているため、既存システムやアプリを持たない企業への導入も可能だ。
さらに、同プラットフォームとあわせて展開しているのが、ビーコン対応のクラウドアプリケーションを短期間で実現する現在位置の可視化ソリューション「Beacapp Here」だ。運用基盤となるクラウドサービスとしてMicrosoft Azureを採用することで、「製造業のミッションクリティカルな業務にも耐えられる信頼性を確保しています。また、個別に改修は必要となりますが、多くの顧客の社内に既に導入されているActive Directoryと連携したユーザー認証で、セキュリティを担保することができます」と中垣氏は語る。
ビーキャップは、Microsoft Azureから提供される多彩なPaaSやSaaSを効果的に活用し、Beacapp Hereの機能強化を進めている過程にある。ビーキャップのテクニカルディレクターである柚口祐介氏は、このように語る。
「現在、ビーコンで収集した現在位置や移動経路などのデータを可視化した分析レポートを顧客ごとの要件に応じて個別オプションで運用しているのですが、この作業をもう少し汎用化していきたいと考えています。そこで準備を進めているのが、『Power BI』を活用した標準ダッシュボードの提供です。これによって、製造現場により有益な洞察を促す位置情報の可視化アプリケーションを、より短期間で構築することが可能となります」
さらに岡村氏は、「Microsoft Azureの『Notification Hubs』を活用し、管理者や特定ユーザーのスマートフォンにプッシュ通知を送信する仕組みも実装したいと考えています」との意向を示す。例えば、立ち入り禁止の危険な場所に作業者が入ってしまったときにアラートを発信したり、火災が発生した際に逃げ遅れた作業者の場所を消防隊に通知したりするなど、安全対策を目的としたアプリケーション開発にも役立つという考えだ。
Microsoft Azureの活用が契機となり、ビーキャップとマイクロソフトの両社は現在ビジネス面においても関係性を深めている。
「われわれはBeacappやBeacapp Hereといった製品を提供していますが、それらはあくまでもプラットフォームであり、顧客にとって単に人やモノの位置情報が見えるようになっただけでは意味がありません。可視化された位置情報から何らかの気付きが得られたならば、それをもとに具体的な課題解決を図っていくためのシステム構築が必要となります。われわれはソフトウェア開発会社として、業務プロセスに組み込むシステム開発までを担っていきます」と中垣氏は語る。
とはいえ、ビーキャップはまだ生まれて間もない会社である。「生まれたばかりのわれわれにとって、製造業をはじめとする多くの顧客にアプローチするのは容易なことではありません。そうした中でマイクロソフトは、さまざまなビジネスの可能性をわれわれに提示してくれています。これは本当に心強いことです」と中垣氏は語る。
その1つが、Microsoft Azureパートナープログラムである。マイクロソフトはMicrosoft Azureを中心としたエコシステムづくりを進めるべく、多くのパートナーと共に産業別ソリューションの開発やマーケティング、共同プロモーション、セミナー開催、顧客への提案活動などを展開している。そうした中でビーキャップとマイクロソフトの密接な協業が進んでいるのだ。
さらに今後を見据えれば、マイクロソフトとの協業のみならず、エコシステムを通じた他のパートナーとの相互連携も十分に期待できる。ビーキャップはこのチャンスを最大限に生かしつつ、ビーコンをベースとした位置情報サービスやIoTシステムで製造現場に革新をもたらす新しいユースケースに挑んでいく考えである。
製造業において生産物の滞留時間短縮は常に課題だ。しかも、工場でのトラック待機時間への対価支払い義務化もあり、「モノの移動の最適化と可視化」は急務である。そこで注目したいのが、屋内測位技術の活用である。
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提供:日本マイクロソフト株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2019年4月25日
製造業において生産物の滞留時間短縮は常に課題だ。しかも、工場でのトラック待機時間への対価支払い義務化もあり、「モノの移動の最適化と可視化」は急務である。そこで注目したいのが、屋内測位技術の活用である。