特許データベースの検索により、昭和シェル石油のCZTS太陽電池に関わる日本公開特許出願状況の調査を試みた結果を示す。
果たして、IBMは新興国や米国に建設するデータセンターへの電力供給の安定化だけを狙って、CZTS太陽電池開発に取り組んでいるのであろうか?
ICTに取り組むIBMが、なぜこれほど熱心に太陽電池技術を開発、推進するのであろうか? この疑問を解く鍵は地球環境/エネルギー問題と知的財産権制度の仕組みにある。
ICT業界各社は新興国のICT需要増大に対応すべく、新興国にもデータセンターを設置し、さらには新興国や米国での電力供給の不安に備えて、再生可能エネルギー(太陽光発電や風力発電など)や燃料電池を有効利用しようとしている(関連記事1:IBMがデータセンター向け太陽光発電を提供、インドなどの新興国狙う、関連記事2:アップルも太陽電池、米国最大規模の燃料電池と組み合わせてデータセンターを運営)。
ICT業界がこぞって、再生可能エネルギーや燃料電池に取り組む理由は、単なる地球環境問題への配慮だけではなく、新興国や米国に建設したデータセンターへの安定した電力供給実現という、もう1つの目的がある。例えば新興国では系統電力が安定しておらず、停電も頻発している。したがって、データセンター側のバックアップ態勢がなければそもそも運用できない。そして、ICT事業を推進するIBMには、太陽電池事業(太陽電池セルやモジュール)計画はないが、「技術開発で得た知的財産をライセンスすることはあり得る」と明言している*16)。
*16) MSP TechMediaによる報道「Electrifying Advances」(2001年4月)より。
となれば、CZTS太陽電池事業を持たずに、CZTS太陽電池技術の知的財産だけを保有することになるであろうIBMは、知財訴訟やライセンス交渉において、NPE(Non-Practicing Entity)と同様の立場を得ることができ、最強の特許権者の立場になる。「約1万件もの買い手のある価値ある膨大な保有特許網」をもつIBMが、太陽電池技術分野で、より一層強固な知的財産的地位を持つことになる。
IBMは20年連続で、最多件数の米国登録特許を取得している。1993年から2012年までにIBMが取得した米国登録特許は約6万7000件(2012年単年では6478件)である*B-1)。
*B-1) 日本IBMのプレスリリース(2013年1月11日、Webページ)。
しかしながら、IBMは米国特許の権利維持を見直す時期(登録後の権利維持年金支払い時期となる、4年目と8年目、12年目)の時点で、「パテントポートフォリオマネジメント(Patent Portfolio Management)」に基づき、保有特許件数を大幅に削減している。ちなみに、IBMは保有米国登録特許件数の約2割を4年目に削減し、さらに8年目には当初件数の約半分にしており、保有米国登録件数は約2万件と見積もられる*B-2)。
*B-2) 「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435
そして、米国特許商標庁(USPTO)のデータベース*B-3)で検索すれば、IBMが約1万件の米国保有特許の売却を行っていることを確認することができる。
*B-3) 米国特許商標庁(USPTO)データベース(Webページ)。
では、「保有米国登録特許の徹底した権利維持放棄の実行」と「約1万件の米国特許の売却」をIBMは実行しているにもかかわらず、知的財産戦略が揺がないのはなぜであろうか?
*B-4) 名義貸与を受けた特許権では、特許訴訟を戦えない。2011年6月、ITCの行政判事は、台湾HTCが対象特許に関する「全ての実質権利」を保有していない(Googleからの貸与であり、将来取り戻す権利を保留した貸与契約)ため、特許訴訟の原告としての適格性を兼ね備えていないとして、これらの特許による訴えを却下している(米CNET Networksによる報道より)。
したがって、技術に対する目利き力、交渉力や契約力、さらには米国判例の活用で、約1万件の特許を売却しているにもかかわらず、売却した特許ついて保有時と変わらない状況を維持する工夫が可能になる*B-5)。
*B-5) さまざまな法的規制を満たす契約でありながら、IBMが望むことを実効的に実現する仕組みを構築していると考えられる。
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