他社に勝る技術は何か? 自信を持ってできることは何か? 強みを再認識し、再びモノづくりの国ニッポンを世界に誇ろうではないか!
“ひと昔前の組み込みエンジニアは、自分の領域ばかりではなく、そこに接する外界の知識や技術があった”と前回の記事「3つの視点からコミュニケーション不足の原因を探る」で紹介した。ソフトウェアの専門家であっても、簡単なハードウェアなら組むことができた。ところが、いまはそのようなクロスオーバーが可能な人材が、企業の中にいなくなっているという。
中根さんのところには「ソフト/ハードの両方が分かる観点から品質を精査してほしい」という依頼が舞い込んでくる。それは“技術伝承”、つまり教育という形を取って持ち込まれることも多々あるという。
中根さんはよく社内向け技術研修や技術に関する講習会の企画立案、およびその実施を依頼されるそうだ。あるとき、某メーカーが「社内向けの技術研修を実施したい」というので、中根さんは友人を伴って詳細を聞きにいった。その際、応対したのはメーカーの管理職者だったが、その要望は「仕様が決められて、プロトコル設計ができて、信号をオシロスコープで見て理解ができて、ソフトウェアの設計ができて、ハードウェアも作れる人材を育てたいんです」というとてつもないものだった……。
中根さんたちはその時点で開いた口がふさがらないという感じだったが、一応どれぐらい時間をかけてそうした人材を育成しようと考えているのか尋ねてみた。すると今度は、「現場にいる人間はそんなに時間が取れないので、できれば3〜4日で」という答えが返ってきたそうだ。
結局その日は「検討してみます」とだけいって中根さんたちはその場を辞したが、帰る道すがら友人と顔を見合わせていい合った。「そんなスーパーエンジニアが3〜4日で育成できるなら、組み込み業界に人手不足なんて存在しないよな」と。
しかし、「その管理職の立場や心情は分からないではない」と中根さんはいう。そのような現実離れした要望を外部の人間に出さずにいられないほど、いま、モノづくりの現場では切実に困っているのだ。最前線にいるエンジニアは、日々の業務に追われるあまり教育の場に立てない。また企業側も人材をじっくりと育てることより、今日明日のビジネスに生かすことを優先させてしまう。人材教育を行いたいという気持ちがあったとしても、最近は網羅すべき基礎技術の範囲が広がり過ぎて、全体を俯瞰(ふかん)できる人材がいない。
そうしたことが原因かどうか、業務上必要とされる知識や技術を実務経験で身に付けるOJT(On the Job Training)が、半ばカリキュラム化されている傾向があるという。あるメーカーでは新人エンジニアを一堂に集め、座学でOJT教育を2週間かけて行っているという。この話を聞いて、中根さんは疑問符を呈した。「OJTというのは全体でやるものじゃないし、ストーリーがあるものでもありません。理論はこうだけど、現場ではそのとおりいかないことがあるということを、先輩や上司が身を持って教えるのがOJTです。集合教育形式で誰かが教壇に立って、“はい、こういう場合はこうします”なんて、できるわけがない。おかしい、何かが根本的におかしくなっています」。
ことほどさように、技術伝承も危機的状況なのである。
時間がない。能力がなくなっている。さまざまな理由で技術が伝わらなくなっている。それは組み込み業界にとってどういうことを意味しているのか?
これは、“自社が単なるアセンブリ工場になってしまう”ということらしい。その企業独自のコア技術がないのであれば、あちらこちらから部品を調達してそれを組み合わせることでしか力を発揮することができない。「順列・組み合わせで作るようなものには個性の出しように限界があって、その企業ならではというユニークなものが作れません。ユニークなものが作れないということは利用者にとって魅力がなくなるということなので、ニーズは縮小していきます。結局、生産中止に追い込まれるなどして、衰退の一途をたどっていかざるを得ないんですよね」と、中根さんは顔を曇らせた。
しかし、「そのようないまだからこそ、“なぜ日本は組み込みの世界で強くなってきたのか”をもう一度原点に帰って考えたい」と中根さんはいう。
それは日本に資源がなかったからだ。資源のない国がお金を稼ごうとすれば、外から原材料を調達し、それを加工することで価値を創造するしかなかった。それも最初は日本に工業が存在せず、技術の蓄積などなかったから欧米の模倣だった。しかし、模倣だけでは安く売るしか方法がないから、そこに欧米のものより“壊れない”であるとか、“性能が優れている”とかといった特性を付加するようになっていった。安くて丈夫で品質が高いのであれば、利用者はその方がいい。“工夫”したから受け入れられた。その“工夫”の伝統が失われたら、もはや日本の組み込み業界に明日はない。
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