本連載では、エンジニアとして歩んできた筆者の50年の経験を起点に、ものづくりがどのように変遷してきたのかを整理し、その背景に潜むさまざまな要因を解き明かす。同時に、ものづくりの環境やひとづくりの仕組みを考察し、“ものづくりをもっと良いものへ”とするための提言へとつなげていくことを目指す。第9回は、2002年に日本機械学会内に立ち上げた設計研究会について、その設立の背景や初期の活動を振り返る。
2000年までは、既に述べたように社内での活動が主体であった。しかし、21世紀に入って日本の製造業が抱える問題がクローズアップされる中、中立な立場にある学会(日本機械学会)を通じ、企業の垣根を越えて製造業の底上げを図る方策を考える時期に来ていると思うようになった。その場として、2002年に設計研究会を立ち上げた。今回は、設立の趣旨や研究会の構成、初期の主な活動結果について報告する。
なお、さまざまなキーワードが出てくるが、いずれも2000年当時に使われていたものであり、現在では死語となっているものも多い。この点はご容赦いただきたい。
注:「モノ」「もの」の表記について、本稿では「モノ:生産要素または経営資源といった手段」「もの:生産活動により付加価値を持った成果物」と使い分けて表記しています。また、「人」「ヒト」「ひと」の表記については「人:一般的」「ヒト:生物学的」「ひと:人間的(ものとの対比)」と使い分けています。
1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、日本経済が約30年間にわたって長期的な低迷とデフレ不況に陥った時期を「失われた30年」と呼ぶことがある。2002年当時はその兆候が顕著になり始めており、日本機械学会でも、危機意識を持った先生方を中心に検討が行われた。その一つが、東大の冨山哲男先生(当時)が中心となって活動した「製品開発・設計技術に関する分科会」だ。
この分科会の最大の問題意識は、バブル経済崩壊後の日本のものづくりの在り方を、設計の立場から議論することにあった。活動期間は2000年3月から2002年2月までの2年間で、大学の先生方が中心となって主要企業のメンバーから現状を聞き取る形で進められた。分科会は計10回開催され、非常に中身が濃く、示唆に富むものであった。ただ、その結果は必ずしも公開されておらず、製造業そのものへの影響力は限定的だった。
そこで分科会の終了後、製造業、特に当時問題を抱えていた、いわゆる総合電機メーカーのメンバーが中心となり、大学やツールを提供するベンダーも交えてオープンに議論する場として「設計研究会」を立ち上げた。
設計研究会の設立趣旨をWebサイト(参考文献[1])から引用すると、以下の通りである。
近年、ものづくり分野での世界的競争が激化しており、設計研究は機械工学の大きな柱の一つとして期待されている。その背景には、顧客主導化による製品の多機能/高品質化、低コスト化/短納期化への要求があり、新設計パラダイムの創生が不可欠である。また、IT利用型の設計インフラの普及が進んでおり、設計環境技術は大きなビジネスチャンスとして継続発展が期待できる。このように設計を取り巻く環境の劇的変化の一方で、設計問題に携わる3者(製造業・大学・ベンダ)の協調は、これまで部分的活動に限定されていた。
本研究会は上記点に鑑み、ユーザ(製造業)、研究者(大学)、ツール開発者(ベンダ)の三位一体の構成を特徴とし、異業種交流を通じた多様な議論・発想から普遍的なものづくりの全体最適化手法の枠組み、日本型設計のあるべき姿の研究・ロードマップ作成を目的に活動するものである。本研究会では海外の先端的な設計研究機関との人的・技術的な国際交流も図り、日本型設計環境(フレームワーク)の構築を目指すコンソーシアムへと将来的に発展させる計画である。
設計研究会は、製造業、大学、ベンダーの三位一体の構成を特徴とする。学会活動はギブ&テイクの精神がないと効果を上げられない。そこで、図1に示すように三者の立ち位置を明確にした。
このような会では情報の閉鎖性がいつも問題になるが、当時の参加者にはそれなりの危機意識があった。Webサイトのアーカイブを見ていただけば分かるように、相当量の情報が公開、共有されている。現在、この流れが停滞しているのは残念なことである。
海外の動向を調査するため、2004年に米国と西欧でワークショップを開催した。以下に概要を紹介する。
2004年3月にミシガン大学、スタンフォード大学、エンジニアス社などで開催した。
当時、日本の製造業は米国発のデジタルツール(3D CAD、CAE、最適化ツール)を輸入し、導入に投資していた。しかし、それらを組織の人的リソースやプロセスとどう組み合わせ、企業全体の協調設計環境と生産活動を最適化して利益(ROI)に結び付けるかが、経営上の重要課題となっていた。そこで、日米の産学関係者で最新の設計手法の研究動向を討議し、設計研究会が目指す研究開発の妥当性を確認するとともに、米国における研究の潮流を調査することを目的とした。
調査結果を分析すると、以下のようになる(調査メンバーの一人である三菱電機の小林氏による分析)。
1.設計研究/実用化で先行する米国では、3D CAD→CAE→CAO(最適化、統計的な高信頼性設計)→PIDO(Process Integration and Design Optimization)という明確なデジタル設計の進化ビジョンを掲げ、産/官(軍)/学の連携によって着実に進展させ、産業への移管を進めている。つまり、PIDOインフラを次世代の製造業の基盤と位置付け、国策として戦略的に実現している。
2.特に、米国が強みを持つオートモーティブ、航空宇宙分野のエンジンやボディー設計では、経済モデルまで導入したPIDOの実例や、具体的なベストプラクティスが出てきている。
3.かつての「コンカレントエンジニアリング」や「シックスシグマ品質設計」は、マサチューセッツ工科大学(MIT)などを中心とした米国の大学が日本の製造業を分析して手法として体系化し、米国の自動車業界に展開して、その復興につなげた実例である。日本の産業界でも、設計工学手法に基づく産学連携を強化し、対抗策を講じてキャッチアップすることが急務だ。
2004年10月にデルフト工科大学、トゥウェンテ大学、ベルリン工科大学で開催し、併せて4社を訪問した。設計研究の実践動向の調査が主体であり、直接製造業に反映できるものは少ないため、詳細は割愛する。ただし、ベルリン工科大学では、大学に各企業が集まり、各社に共通する設計の枠組みづくりを大学が主導していた。産学連携が未熟な日本とは好対照であった。
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