Imagine Cup組み込み開発部門で2度の世界大会出場を果たした東京高専の競技がついに始まった。昨年のリベンジなるか!?
2010年7月4日(現地時間)、Imagine Cup 2010 ポーランド世界大会の競技が始まった。本稿では組み込み開発部門で2度の世界大会出場を果たした国立東京工業高等専門学校のチーム「CLFS」の戦いの模様をレポートする。
組み込み開発部門、世界大会初戦が行われたのは前日の開会式と同じ文化科学宮殿。期待と不安を胸にCLFSのメンバーの戦いがついに始まった。初戦第1ラウンドは全15チームが順番に10分間のプレゼンテーションを実施し、さらにショーケースで試作機を用いながらのデモンストレーションを行い審査員へアピールしなければならない(こちらも10分間)。
今回のImagine Cupは前回同様、「テクノロジを活用して、世界の社会問題を解決しよう」がテーマとして設定され、国連ミレニアム・サミットで掲げられた「ミレニアム開発目標(MDGs)」のいずれかを実現する作品を提案しなければならない。
CLFSは日本の母子健康手帳の有効性に着目し、MDGsで掲げられている「幼児死亡率の引き下げ」「妊産婦の健康の改善」の2つの課題解決に取り組む。なじみのある母子健康手帳制度が日本で導入されたのは1948年のこと。導入当初(1950年)、乳幼児の死亡率が6.01%だったのが、妊産婦・乳幼児の健康管理、医師とのコミュニケーションに役立つ、「カルテ」「リファレンス」としての役割を発揮し、2004年時点で死亡率が0.28%にまで減少するに至ったという。彼らはこの日本の母子健康手帳を、各種センサとネットワーク機能を備えた組み込みデバイス「Electronic Maternal and Child Health Handbook」として実現。産科医がいないような貧困地域などに普及させることで、双方の課題解決を図ろうとしている。
これまでの長い準備期間、当初規定の20分間用のプレゼンテーションの作り込みを入念に行ってきたCLFS。しかし、冒頭でお伝えしたように第1ラウンド当日の朝、審査方法が変更された……。この影響がどのように出るのか?
いざ待ち合わせ場所に向かってみるとその不安は消し飛んだ。彼らの表情は意外にも明るく、自信に満ちあふれていた。チームリーダーを務めた有賀 雄基氏は「10分間用にプレゼンテーション内容を組み立て直したが、もう少し削りたい」と制限時間内に収まるかどうか気にしつつも笑顔で話してくれた。また、紅一点のLydia LING YIENG CHEN氏は満面の笑みを浮かべ「頑張る。楽しむ!」とチーム内で一番落ち着いた様子だった。また、ハードウェア担当の久野 翔平氏は先にショーケースの準備を済ませ、「問題ない。後はやるだけ」と話してくれた。
競技会場に入ったCLFS。まず開始前のセットアップ時間いっぱいを使い、学生サポート研修でプレゼンテーションの講師を務めた小林 美枝子氏とともに会場での立ち位置や動き方の最終調整を熱心に行っていた。その姿もどこか落ち着いた雰囲気で、うまく緊張をコントロールできているような印象を受けた。これは有賀氏から後で聞いた話だが、「プレゼンテーション内容を削る作業に時間をほとんど使い、通しで流す練習は数えるほどしかできなかった」といから驚きだ。
審査員6名が競技会場に入り、彼らの表情が引き締まった。そして、スタートの合図。日本代表チーム内で一番声の大きな有賀氏が、これまで練り上げてきたプレゼンテーションの口火を切った。いつものように声の大きさも変わらず落ち着いた口調で作品の概要を紹介。続くLydia氏も大きなジェスチャーを交えながら見るものを引き込むような力強いプレゼンテーションを行った。また、当初の予定では、久野氏はデモンストレーション担当ということでプレゼンテーションで発言する役割ではなかったが、自身の役割の紹介ほか、CLFSのメンバーとして貢献したものの規定人数が3人と制限されたためポーランドに来られなかった松本 士朗氏について紹介。もちろん彼らはすべて英語でプレゼンテーションを行っている。終始落ち着きながらも力強く、そして気掛かりだった制限時間内で見事プレゼンテーションを終了させた。
あっという間の10分間が過ぎ、競技会場を出た彼らの表情はどこか満足気だった。3人にプレゼンテーションの自己採点を聞いたところ有賀氏は「75点」、Lydia氏は「80点」と満足気に話してくれた。一方、久野氏は「65点」と控え目な点数を付けていたものの、かなり手応えを感じている様子だった。久野氏が本番で急きょプレゼンテーションを行ったのは自身の希望だったという。これまで日本代表チームを支えてきた関係者は「この数カ月の研修で本当に成長した。これまでは先生や周りの大人の意見をそのまま聞いているだけだったが、自己主張し、自分の意見をぶつける姿勢を見せるようになった」とうれしそうに話してくれた。
プレゼンテーションから数時間後、今度は審査員がショーケースを周り、試作機によるデモンストレーションが行われた。
組み込み開発部門では、ハードウェアとして「eBox-3310A-MSJK(eBox)」を、ソフトウェアとして「Windows Embedded CE 6.0 R2」「Windows Embedded CE Platform Builder」「Windows Embedded CE IDE」を利用するよう定められている。ハードウェア/ソフトウェア双方の深い技術力が求められるほか、組み込みデバイスならではの視点も重要となる。彼らはまず母子健康手帳が担う役割を、妊娠から出産後までの妊婦の健康・生活状態、乳幼児の健康診断の結果を管理する「記録機能」と、妊娠・出産・育児に対する正しい知識、妊娠後の注意点、乳幼児に異変が生じた際の対処法などをサポートする「教材機能」の大きく2つに切り分け実装を始めた。
記録機能で使用するセンサは、体重計、メジャー、体温計、血圧計。各種センサからの出力を解析し生データを制御用マイコン(自作のボード)で処理してからeBoxに送っている。そして、これらのデータをタッチパネルモニタでグラフ表示する機能などをソフトウェアとして開発。また、ただ記録として管理・表示するだけでなく、カメラモジュール/ネットワーク機能(バングラデシュのグラミンフォンの仕組みを利用することを想定)を搭載することにより、医師による遠隔診断を想定した機能も考えられていた。CLFSでハードウェア開発を担当した久野氏は「当初、USBのWebカメラの利用を検討していたが、予想よりも実装に時間がかかると判断し、急きょシリアル通信で制御するカメラモジュールに切り替え実装した」と開発時の苦労を話してくれた。
また、もう1つの教材機能には、日常生活やトラブル時の対処法などを「ibisUI(Icon Based Instruction Set User Interface)」と呼ばれる独自ユーザーインターフェイスで直感的に指示する機能を搭載。このibisUIは日本の漫画やアニメを参考にしたもので、識字率の低い貧困地域に住む妊産婦が操作できるような配慮がなされている。また、音声(複数言語に対応)によるガイドの読み上げ機能なども実装してある。
CLFSのショーケースに訪れた審査員からは、「どのように母親が予防接種の時期を把握するのか」「ibisUIを用いた教材のコンテンツをどのようにシステムに持たせているのか」など計3つの質問が投げかけられたが、3つの質問中2つの質問については「あらかじめ想定していた内容どおりの問いかけだった」(Lydia氏)という。
前半のプレゼンテーション、そしてデモンストレーションを披露し、質疑応答をこなしたショーケース。どちらの審査も非常に落ち着いてそつなくこなすことができた様子だった。母子健康手帳のほか、漫画・アニメといった日本文化が盛り込まれたCLFSのElectronic Maternal and Child Health Handbookが審査員にどのように受け止められるのか、そして、見事昨年の雪辱を晴らすことができるのか? 次ページでは、同日夜に行われた第2ラウンド進出チームの発表会の模様をお届けする。
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