日本の自動車にマイコン制御のエンジンが搭載されてから約30年が経過した。自動車の電子化の動きは、排ガス規制への対応が原点となる。その後、「環境」、「安全」、「快適」をキーワードに、自動車の電子化の動きは一気に加速していった。そして、2009年〜2010年には家庭で充電可能なハイブリッド車(HEV)や電気自動車(EV)などの電動自動車が商品化される。日産自動車の電子・電動要素開発本部 副本部長を務める安保敏巳氏に、自動車の電子化の歩みや電動自動車の要素開発に関する取り組みなどについて聞いた。
自動車のエレクトロニクス化が進展していく中で、日産における電子化の大きな節目は3つある。
日本で初めてマイコンを搭載した自動車は、1979年に発表された日産の「セドリック」で、エンジン制御に6800系の8ビットマイコンが搭載され、走行距離などを演算して表示するドライブコンピュータ(今のナビゲーションに相当)に4ビットマイコンが使われていた。
制御用途でマイコンを搭載した自動車は、米Ford社やGM社がセドリックを発表する2〜3年前に商品化していたが、国産メーカーではトヨタ自動車も日産と同じ年に製品を発表している。日本では実質的にこのときが自動車の電子化の原点といえよう。
当時は、エンジン制御をコンピュータ化することで、排ガス規制に準拠しつつ、エンジンのパワーをアップしようと取り組んできた。その後トランスミッションやブレーキの電子化へと広がっていった。いわゆる、メカニクスとエレクトロニクスの技術を融合した『メカトロニクス』技術であり、この時代が第1ステージに当たる。
第2ステージは『インテグレーテッドメカトロニクス』技術の時代である。これはECU同士の連携制御あるいは統合制御を行うものだ。例えば、エンジン制御とオートマチックのミッション制御を連携することで、ギアシフトしたときのショックを軽減できる。このような制御は、1980年代前半から部分的に始まっていた。それが本格化したのは車内LANが登場した1990年代後半からだ。
当初、自動車メーカーは、各社独自に専用の通信ICを開発し、関連するECU同士を車内LANで接続していた。その後、車内LANとしてCAN(Control-ler Area Network)規格が登場し、CAN対応ICチップの価格も下がってきたことから、CANが標準となり車内LANの構築に弾みが付いた。2000年には日産も車内LANを独自規格からCAN規格へ変更した。
CANの普及を機に、研究開発レベルでは、メカニクス技術とエレクトロニクス技術に対する価値の重み付けが変わってきた。これまでの自動車は、メカニカルな部品が付加価値を生んでいた。ところが、車載部品の電子化とネットワーク化が進んだことによって、ソフトウエアが付加価値を持つようになった。
現在、自動車の電子化は第3ステージに入ろうとしている。それは『オールエレクトリック化』である。動力部分が電動化されてバイワイヤー化が進み、今後は自動車を構成するコア技術の中に、メカニカルな部品が少なくなってくる。EVはまだ本格的な量産には至ってないが、メインの動力源が電気に置き換わってくる時代となろう。一例だがEPS(Elec-tric Power Steer-ing)はその先駆けとも言える。従来、油圧で制御していた機能が、モーターなどによる電気制御に変わってきた。そういった意味ではすでに、第3ステージに片足を踏み込んでいるといっても良い。
電子化が進むに連れ、車載用制御プログラムの規模も爆発的に増える。その規模は、マイコンを初めて搭載したセドリックがC言語換算で2000行だったのに比べ、20年後の2000年には200万行となった。これは2年ごとに2倍のペースで増加してきたことになる。現在開発している2009年〜2010年モデルの自動車に搭載されるプログラムの規模は1000万〜1500万行に達するだろう。このうち、ほぼ半分がカーナビゲーションシステム関連のプログラムとみられている。
HEV/EVの心臓部ともいえる部品で、これまでの自動車には使われていない部品はたくさんある。そのうちのいくつかは日産社内で開発/生産を行うことを決めた。それはモーター/インバータ、2次電池の3部品である。すでに、神奈川・座間事業所内には、これら3部品のパイロット製造ラインがあり、社内で開発/生産体制を整えた。
当初、このパイロット製造ラインは、1990年にECUを開発/試作するために設けられた。当時はECUの開発/製造を外部に委託していたが、ECUがいずれブラックボックス化して、『このままでは核となるECU技術が空洞化する』との懸念が社内に広がった。これを避けるための施設であり、最新技術の見極めと新規システムの開発を狙いとしたものである。
これとは別に、日産は1998年まで神奈川・追浜工場内で半導体チップを生産してきた。今でも、研究用のクリーンルームとして利用している。EV関連やフェールセーフ機能にかかわってくるような半導体デバイスを研究/試作している。モーターは、単体ではなくそれを制御するためのインバータやソフトウエアも含めて開発することが重要だ。電機メーカーでもHEV/EV用モーターを開発/製造することはできるだろうが、自動車用に仕上げるのは大変である。例えば、モーター/インバータとその制御ソフトウエアをセットで最適化していかないと『気持ち良い乗り心地』の自動車を実現することは難しい。
また、HEV用とEV用ではモーターに対する要求仕様がまったく異なる。HEV用のモーターはトランスミッションの内部に組み込まれ、これまでトルクコンバータが取り付けられていた場所にモーターを設置することになる。だから形状はEV用とは違う。
さらに、HEVがエンジンとモーターを切り替えて走行するのに対して、EVはモーター単体で連続的に走行することが求められる。使用する方法が異なるため、例えば熱設計などに対する考え方も違う。EV用はモーター自体の発熱を放散する設計が重要となる。これに対してHEV用のモーターは、トランスミッション内部に取り付けられるため、外部からも熱の影響を受けてしまう。そのことにも対処しなければならない。
電気で自動車を走行させることは熱対策との戦いでもある。インバータのスイッチング素子として使われているIGBTは、温度が150℃を超えたら正常に機能しなくなるため、空冷や水冷といった冷却対策が必要となる。だからといって、余裕を持った熱設計を行うと、筐体が大きくなりすぎてしまいかねない。サブシステムはぎりぎりの熱設計を行い、筐体を小型化しつつ、最大の性能を引き出さなくてはいけない。そのバランスが大切である。
現行のEVでは、モーターを駆動するインバータにIGBTなどシリコンデバイスを使用している。これに対して、当社で開発/評価中のSiCデバイスは、電力変換の効率が良く、車載部品としてはとても魅力がある。SiCデバイスは、5〜6年前に比べると実用化レベルに近づいてきたようだ。しかし、本格的にSiCデバイスをインバータに搭載していくことになれば、チップの価格動向や供給の安定性なども注視していく必要がある。
日産では、すでにSiCダイオードの開発/試作を終えて、ロームにチップの生産を依頼した。このSiCダイオードを実装したインバータを使ってテスト走行と評価を行っている。さらに、SiCのMOSFETについても、当社研究所で開発中である。
2次電池に関して日産グループでは、ラミネートタイプの電池モジュールを量産することになっている。ラミネートタイプの電池モジュールは、一般的な円筒型とは違い、実装密度が高いため狭いスペースでも電池セルをたくさん詰め込むことができる。これが最大の特徴だ。熱的に冷却や保温もしやすいし、余分な重さもいらない。
さらに、HEV/EVでは自動車全体のエネルギー管理を行うことがとても重要で、エネルギーの消費と蓄積を管理するための統括ECUが必要となる。この統括ECUはエンジンや回生ブレーキ、エアコン、トランスミッション、モーター/インバータなどを個別に制御するECUの管理などを行う。この統合ECUは、これまでの自動車には搭載されていない機能である。
HEV/EVといった電動化技術とは別に、肥大化する制御プログラムへの対応と、大量のデータ伝送を可能とする車内高速LANへの要求が高まってきた。これらの課題に対応するために、業界標準を目指して「AUTOSAR」や「FlexRayコンソーシアム」などが活動している。
AUTOSARが普及すれば、部分的に便利となるだろう。ただ、自動車メーカーとしては、その前に必要とする機能や要件を定義して、その仕様をサプライヤが誤解しないようにキッチリと伝えることが大切だ。
制御プログラムの肥大化に対して、ソフトウエア基盤となるAUTOSARを活用することで、開発期間の短縮などかなりの効果は期待できる。しかし、自動車メーカーとして、要件の定義を事前にしっかりやっておかなければ、AUTOSARを採用したからといって、効果の面で必ずしも期待できるというものではない。
一方、FlexRayインターフェースは、いずれ日産車にも導入することになるだろう。ただ、現時点でFlexRayインターフェースはすべてのマイコンでサポートされているわけではない。このため、現状のままCANからFlexRayに移行するのはそんなに容易なことではない。車内で伝送するデータの量は全体的に増加しており、何年も前からCANの伝送能力ぎりぎりで通信を行っている。逆に、現状で何とかしのいでいるというのが実態だ。
当社でもJasParの活動を通じて、Flex Rayへの準備はぬかりなく進めている。
(聞き手:馬本 隆綱)
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