制御システム機器や電子部品、情報機器などを製造するオムロン。その約半分の事業量を担当するインダストリアル・オートメーション・ビジネス(IAB)カンパニーは工場の自動化における制御機器の製造・販売を担当する部門だ。10万点の商品を持ち、海外に多数の拠点を持つ。IABが生産拠点を中国上海市に移管した活動は「日経ものづくり大賞 2006年度 海外部門」を受賞した。同社 IABカンパニー 企画室長 西阪啓一氏の「国際競争力のあるものづくりに向けた構造改革の実践」と題した講演から、この生産拠点の海外移転を成功させた秘訣を紹介しよう。
グローバル展開するメーカーはいま、中国を起点とする産業のボーダレス化に直面している。国際競争力のあるモノづくりを目指すのであれば、生産拠点をコスト競争力のある中国に移転するのは必然的な流れといえよう。オムロンもまた、グローバルな視点で事業構造の改革を行う必要を認めていた。そこで「開発生産構造改革」に取り組むことになったという。そのキャッチフレーズは「国際競争力のあるものづくりに向けた構造改革の実践」で、具体的には国内の生産拠点を再編して、中国上海に生産拠点を設立すること。計画は2005年7月に発表され、2007年度末に完了する計画である。
西阪氏によれば、中国拠点の設立目的は、単なるコスト削減だけではなく、モノづくりのコア技術力の強化にあるという。コンカレント開発や競争力のある生産コア技術、コスト競争力を総合的に強化するため、上海拠点はフルファンクションを持った工場とした。生産の拠点は上海へ移行し、国内にあった主力の生産拠点は再編し顧客サービスの拠点にするなど、新たな役割を与えることで、リストラなしの再編を行った。また中国に点在していた既存拠点も上海の新拠点に集約した。「日本は最も品質に厳しい顧客が存在するので、日本にマザー拠点を置き、モノづくりのコア技術は上海に移管して、コスト競争力を確保する」という戦略だ。
2005年7月に着手して、1年弱後の2006年6月には上海工場が稼働を開始したというから、そのスピードには驚かされる。もちろん、仕掛かり中の設計データや購買データなども含めて一気に移管したのである。上海拠点はすべての生産プロセスを持ったグローバル拠点であり、約2000人の社員のうち300人が開発部隊だという。そして上海拠点から、アジア・欧州・米国・日本の各拠点の在庫水準を管理し、各地域へ72時間で製品を供給できるサプライチェーンまで作り込んでいた。この高度なオペレーションを実現した点が、「日経ものづくり大賞」の受賞ポイントになった。
わずか1年という短期間に、なぜこれだけ大規模な生産拠点の再編が可能になったのだろうか。その根本にあるのは、オムロンが25年前に事業のグローバル化を見据えて実施した品番の統一だ、と西阪氏は明かした。メーカーである以上、事業活動の中で最も大切なのは製品や部品といったモノの情報、つまり品番である。そこで1982年に全社一元の品番体系への移行を断行したという。
それまでは、各工場、各研究所に独自の品番があり、それぞれ自分の品番に強いこだわりがあった。しかし、これでは常に品番の変換に要するオーバーヘッドが掛かるから、設計の標準化と生産性向上、集中購買によるコストダウン、海外展開などは非常に困難になる。品番とは部品から製品へと流れる統一プロセスであり、これを一元化できたことで、グローバルで発生するさまざまな事実データを一元化された品番に基づいて、発生時点でリアルタイムかつ正確に把握することが可能となった。「地球の裏側で、倉庫から部品を1つ出したら、その時点で把握できる」(西阪氏)。
全社一元の品番は、それを徹底させることが大変だったと西阪氏は述懐した。これを使うメリットを示したり、使わないと仕事ができないという構造を作り込む必要があった。そのために、全社一元の品番を基幹システムで保証することにした。開発系、生産系、営業系、管理系など各システムは同じ品番から出発したものに書き換えた。これをしないと、どこかで「アリの一穴」(千丈の堤もアリの一穴から崩れるということわざ)となってしまう。また、コード系は完全に無意コードとした。意味はマスターデータの属性に持たせる設計だ。
事実データを発生時点でリアルタイムに把握するためデータウェアハウスを活用するのだが、生産・購買・設計など異なる部門のデータを1個所にまとめると、普通なら混乱を極めてしまうのだが、各部門で一元化された品番を使っているので、情報を整理してとらえられる。このようなデータ基盤を持っていたため、上海を拠点とする再編が1年ほどで実現できたというわけだ。
前項の山田氏の講演では、部品のデータは個々の製品について戦略的な自由度を高めるという論旨であったが、オムロンの事例はグローバルな生産拠点の再編という大きな事業活動であっても、モノの情報を管理することで自由度が高まることを示している。
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次回も引き続き、「モノづくり経営サミット2007」の講演から東京大学 大学院 経済学研究科・東京大学ものづくり経営研究センター長 藤本隆宏教授による「ものづくり経営の新潮流:複雑化する製品・工程・ITにどう対応するか」を紹介しよう。
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