製造業においてドイツのインダストリー4.0への取り組みは注目を集めているが、その先端地域の1つがNRW州である。その地で日独の連携が加速している。ドイツNRW州が東京工業大学、アーヘン工科大学と共同で開催したセミナー「ロボティクス+AI―生産現場とサプライチェーンマネジメントでの現状と可能性―日本とドイツ・NRW州の研究と応用」では、ロボットや人工知能技術におけるさまざまな切り口で、産学におけるNRW州と日本の強い結び付きとそこから生まれる新たな産業の可能性が紹介された。
ドイツ連邦政府が主導するモノづくり革新プロジェクト「Industrie 4.0(インダストリー4.0)」は、日本の製造業においても製造現場へのICT(情報通信技術)やIoT(Internet of Things、モノのインターネット)の活用を加速させ、大きなインパクトをもたらした。昨今関心が高まっているのが日独の連携。特にドイツの中でも多くの製造業が活躍し、インダストリー4.0プロジェクトの中心的な役割の一部を担っているノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州での日独協力が加速している。同州はドイツの中でも重要な経済的地位を占めており、ドイツ全体のGDPのうち22%を産み出している。さらに日本企業も州都デュッセルドルフを中心に約600社が進出するなど、日本企業との経済的な結び付きが非常に大きな地域である。
2016年10月6日に東京で行われたセミナー「ロボティクス+AI―生産現場とサプライチェーンマネジメントでの現状と可能性―日本とドイツ・NRW州の研究と応用」で司会を務めたNRWジャパン社長のゲオルグ・ロエル氏は「数年来インダストリー4.0に取り組んできたが、フェーズは今『実践段階』へと移りつつある。具体的に人工知能(AI)技術をどう組み込むかや、ロボティクスをどう進化させるかということに大きな焦点が集まりつつある」と述べ、セミナーをスタートした。同セミナーの様子を紹介する。
NRW州と日本の学術面の連携の1つの形としてさまざまな成果を生み出しつつあるのが、日本の東京工業大学とドイツのアーヘン工科大学との全学協定である。両大学は2007年に全学協定を締結し、教育、研究、産学連携活動などさまざまな交流を進めてきた。こうした取り組みの1つとして、企業を巻き込み、国際的な産学連携の取り組みを進めているのが、東京工業大学 工学院 教授の武田行生氏のプロジェクトである。
講演に立った武田氏は「業界や社会に役立つ技術を送り出すことが工業大学の役割だという、アーヘン工科大学の姿勢に感銘を受け、自分の研究領域だけでも早期に形にできればと思って取り組んだ」と述べている。武田氏がアーヘン工科大学と具体的に共同開発を進めているのは、デルタロボットやゲンコツロボットともいわれる「パラレルリンクロボット」の高性能化である。
パラレルリンクロボットは、約30年前にスイスのロボットメーカーABBが製品化。その後2009年に特許切れとなったことで、多くの日本のロボットメーカーなどが参入した。精密電子機器などの他、最近では医薬品や食料品分野のピック&プレースなどで人気となっている。しかし「30年前に開発された仕組みを使い続けているが,現在の機構設計技術(シーズ)とアプリケーション(ニーズ)に合わせて,より最適で高性能なロボットの形をこの国際産学連携研究で実現したい」と武田氏は述べている。
同プロジェクトでは、東工大とアーヘン工科大学の共同研究が先にあり、その後研究材料を持って企業を回り、協力企業を募った形だ。最終的にはファナックが協力企業として参加し国際的な産学連携の形が実現した。今後、共同研究で得られた成果の商品化を模索していくという。武田氏は「現状では機械工学という近い領域での協力だが、将来的には異業種での協力も実現していきたい」と述べている。
インダストリー4.0でドイツ連邦政府が産業の変化を推し進める中「インダストリー4.0の舞台裏: 次世代AIと製品・生産・プロセスへのその影響」をテーマに語ったのが、アーヘン工科大学 サイバネティッククラスター 機械工学情報マネジメント研究所(IMA)、ラーニング/知識マネジメントセンター(ZLW)、マネジメントサイバネティック研究所(IfU)代表で教授のザビーナ・イェシュケ(Sabina Jeschke)氏である。
イェシュケ氏は特に人工知能(AI)関連技術の専門家である。インダストリー4.0による動きを紹介するとともに「AI技術があらゆるソリューションに組み込まれる」(イェシュケ氏)と強調した。AIの発展については「既にアルゴリズムやニューラルネットワークを活用し1つの限られた領域におけるインテリジェンスは高度な結果が得られるようになった他、従来の人間では不可能なクリエイティブな領域へ踏み込めるようになっている」(イェシュケ氏)とし、チェスや囲碁などでの戦略や対戦などを紹介。さらに米国マイクロソフトやグーグルなどが、話を作らせたり、絵を描かせたりしたことを事例として紹介した。
インダストリー4.0への取り組みでは「インダストリー4.0で描かれているような自律的な生産体制や人間とロボットの協調などを実現するには、AIの進化が必須であり、AIが人間の仕組みに加わることで、新たなソリューションが生まれてくるだろう」とイェシュケ氏は述べている。
一方、NRW州に古くから拠点を持ち産業用ロボットの展開を進めているのが川崎重工業である。同社は、NRW州のノイス(Neuss)に欧州Kawasaki Roboticsとして拠点を構え、欧州および中東、アフリカ地域へのロボットの販売やアフターサービス、技術サポートなどを行っている。川崎重工業では、インダストリー4.0への取り組みも積極的に行ってきたが、欧州Kawasaki Robotics 社長の高木登氏は「マスカスタマイゼーションが最も重要。そのためには従来の個別最適ではなく全体最適の情報システムが必要になる」と述べる。
同社では、人間と協調して働けるロボットおよび人間と共存できるロボットにより、人とロボットが協力し合う生産拠点を中国に新設。新技術により「ロボットと人が協力してロボットを作る」生産現場を構築。高木氏は「今後はこの中国の情報とマザー工場でもある明石工場の情報を一元管理できるようにしていく」と述べる。今後はさらに「共通基盤の策定」「セキュリティ対策」「ビッグデータの取り扱い」などを整理することで、インダストリー4.0で描く世界の実現に近づけていく方針を示す。
NRW州のメアブッシュ市に拠点を持つセイコーエプソン(以下、エプソン)も、欧州で存在感を伸ばしている企業の一つだ。欧州でのロボット事業はドイツで拠点を構えてから2016年で30周年を迎える。エプソンヨーロッパ ロボティックソリューション長のフォルカー・シュパニア(Volker Spanier)氏は、スキルを持った専門人材が豊富にいる点や、研究拠点などがあり市場のリーダーとの連携などがしやすい点、ビジネスインフラが整備されている点、などをNRW州に立地する利点として挙げる。さらに「欧州の各地域への移動なども便利だ」(シュパニア氏)としている。
エプソンのロボットは「小、省、精」をコンセプトとしており、小型の多軸ロボットでは高シェアを握っている。インダストリー4.0などでスマート工場実現に関心が集まっているが「カギとなるセンシングやソフトウェアなどを内製している強みがあり、まずはロボットの自律化を実現し、その先にスマートファクトリー実現を目指していく」とシュパニア氏は述べている。「インダストリー4.0の中核地に立地していることもあり、顧客企業はインダストリー4.0を推進するのが当たり前になっている。」とシュパニア氏は語っている。
セミナーではこの他、日通総合研究所の井上文彦氏とティム・ブランドル氏、ティーチレスのロボットコントローラーを展開するMUJINの滝野一征氏などがそれぞれのロボット活用や自律化などについて紹介した。
セッションの最後にイェシュケ氏は日独協力の重要性を訴えた。「国際的な協力が必要である。日本とドイツは競合関係もあるが、文化的にも近く、協力関係が成り立つ。ドイツの国内ではグーグルなどに示されるインターネット企業のイノベーションにどう対抗するかということに大きな関心が寄せられている。インダストリー4.0でもそうだが、革命的な動きにどう対抗していくのかということを考えた場合、まずは協力できるところは協力するということが重要ではないか」とイェシュケ氏は呼び掛けている。
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提供:株式会社NRWジャパン(ドイツ ノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州 経済振興公社)
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2016年12月6日
モノづくり立国として世界的に高い評価を受ける日本とドイツ。そのドイツで新たなモノづくりプロジェクト「インダストリー4.0」が注目を浴びている。ドイツにおいて新たな生産技術はどのような発展を遂げているのか。またこれに対し日本はどのような対応を取るべきか。ドイツNRW州が開催したセミナー「日独が描く未来工場・生産技術─革新ソリューションで将来像を模索─」では、さまざまな切り口から、日本とドイツの新たな生産技術の発展性に光が当てられた。