モノづくり立国として世界的に高い評価を受ける日本とドイツ。そのドイツで新たなモノづくりプロジェクト「インダストリー4.0」が注目を浴びている。ドイツにおいて新たな生産技術はどのような発展を遂げているのか。またこれに対し日本はどのような対応を取るべきか。ドイツNRW州が開催したセミナー「日独が描く未来工場・生産技術─革新ソリューションで将来像を模索─」では、さまざまな切り口から、日本とドイツの新たな生産技術の発展性に光が当てられた。
現在モノづくりの世界では、ドイツ政府が主導するモノづくり革新プロジェクト「Industrie 4.0(インダストリー4.0)」への注目度が高まっている。そのドイツの中でも多くの製造業が活躍し、インダストリー4.0プロジェクトの中心的な役割の一部を担っているのがドイツのノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州だ。同州はドイツの中でも重要な経済的地位を占めており、ドイツ全体のGDPのうち22%を産み出している。さらに日本企業も州都デュッセルドルフを中心に550社が進出するなど、日本企業との経済的な結び付きが非常に大きな地域である。
2014年9月26日に東京で行われたセミナー「日独が描く未来工場・生産技術─革新ソリューションで将来像を模索─ドイツ・NRW州のベストプラクティス」では、“インダストリー4.0を背景とした生産技術”をテーマに、NRW州に関連するさまざまな企業が、新たなモノづくりの姿についてさまざまな面から紹介した。主催したNRWジャパンの代表取締役社長であるゲオルグ・ロエル氏は「ドイツと日本の生産技術において何が起きているかを紹介するのが狙いだ。3Dプリンタをはじめとするアディティブ・マニュファクチャリング(積層造形)、化学産業における受託製造、材料・素材産業の動向、ロボティクス、インダストリー4.0の動向、の5つの面について光を当てたい」と述べた。同セミナーの模様をリポートする。
3Dプリンタをはじめとする積層造形技術の取り組みについて紹介したのが、パーダーボーン大学 ダイレクト製造研究センター(DMRC) コマーシャル・ディレクターのDr.エリック・クレンプ氏だ。テーマを「Additive Manufacturing(積層造形)とスマートファクトリー生産への統合」と題し、同氏の所属するDMRCの取り組みを紹介した。
DMRCは2009年に設立された共同研究センター。3次元CADデータを中心とし、これらのデータをそのまま現実のものにできる、レーザー加工機や3Dプリンタをどのように産業に還元するかという点について研究を重ねている。9つの講座の協力を得て、現在25人の研究者が活動。それぞれ機械、金属、樹脂、経済学などさまざまな専門家が各企業の需要に応じて、研究成果を残しているという。
そうした成果の1つとしてクレンプ氏は、レーザー焼結技術を利用した3Dプリンティング技術を紹介。3Dプリンタは樹脂を利用するものが多いが、金属加工については利用は進みつつあるものの、条件によっては研究が必要なものも多い。DMRCでは、同技術を研究するプロジェクトを発足し、実用化できる技術を開発したという。
ただ一方で、積層造形技術についてはまだまだ課題も多いとしており「金型によるプレスの方が適しているような場合もある。積層造形技術は複雑な形状である場合や個別の形状を作る場合に適している。今後は『積層造形技術での出力を考えた設計手法』なども大きなテーマとなってくる」とクレンプ氏は述べている。
さらにインダストリー4.0との関係について、クレンプ氏は「積層造形技術は個別化した生産への親和性が高い点が特徴だ。インダストリー4.0が目指す姿も個別化した生産の実現であり、積層造形技術を組み合わせることで、より自由度を高めることができる」と強調した。
拡大する化学産業における受託製造業界とプロセスについて紹介したのは、NRW州に本拠地を構える化学大手 ランクセスグループ・サルティゴの製造戦略部長であるDr.ギード・ギッフェルス氏だ。同社は、特殊化学品メーカー、ランクセスが完全出資するグループ企業で、精密化学品の受託製造サービスが80%以上を占めているビジネスユニットだという。作物保護業界、医薬品業界、動物薬業界、電気および電子業界、ポリマー業界、潤滑剤業界など、幅広い業界における化学製品の受託製造を行っている。
サルティゴは、高い技術を持つ経験豊富な従業員と幅広い技術基盤、用途の広い多目的設備投資、そして化学プロセスと技術に関するノウハウなどを強みに、「4段階プロジェクト管理モデル」による化学業界での受託製造を行う。このモデルにより、調査から開発、初期生産、本生産までのプロジェクトを適切な体制でサポートし、業績拡大を進めているという。
また同社の強みとしては、プロセス最適化による付加価値を挙げる。さまざまなプロセス開発を進めてきた他、これらの反応パラメータを取得することで、最適なプロセスをノウハウとして蓄積できる。加えて、生産プロセスの問題点の把握や適切な反応設備の選択などが可能となる。「継続的なプロセス改良は、プロセス管理における独自の能力だと自信を持っている。プロセスを最適化した結果を記録し追跡することで、次の改善に生かしているのだ」とギッフェルス氏は語っている。
材料・素材面での製造技術の進化を訴えたのは、イグス(日本法人)の代表取締役社長 北川邦彦氏だ。イグスは、1964年にケルン市で創業し2014年は創立50周年を迎える。高度なプラスチックの射出成形により、低コストの自動車部品の製造からその歴史をスタートし、現在は、駆動樹脂技術を核とした多岐にわたる樹脂製品の提供を行っている。
同社の創業理念は「誰にもできない難しい射出成型品を」で、実際に他社にない製品開発を進め、顧客企業の製品寿命を伸ばしコスト低減に大きく貢献しているという。その代表例が、無潤滑ポリマーベアリングだ。滑りを利用して潤滑油が不要としさらに耐久性を確保した樹脂製ベアリングで、世界中から高い評価を受けているという。
これらの同社の強みを生み出した背景として北川氏は「ドイツ企業であること」を挙げる。顧客中心主義やドイツ文化に資するチャレンジ精神、ドイツのマイスター精神とともに「真面目で奉仕精神を持ったケルンの地方文化・人々の気質があってこそ、品質の高い製品を作ることができる。日本企業の考え方に非常に近いものがある」とドイツ企業としての強みと日本企業との親和性を訴えた。
製造技術についてロボットの側面から光を当てたのが、NRW州に拠点を置く川崎重工業の欧州法人Kawasaki Robotics社 社長の高木登氏だ。同社の製造ライン用のロボットとしては、汎用ロボットと半導体製造用のクリーンロボットの2種類があり、海外ではアジア、北米、欧州で販売を行っている。
川崎重工業の産業用ロボットは「独自の創意工夫で存在感を発揮してきた」と高木氏は語る。例えば、スポット溶接用のロボットではいち早くケーブル・ホースをアーム内に内蔵した製品をリリースした他、ロボットのベースボディを小型化し、設置面積を低減することに成功した製品なども展開。ロボットのオフライン教示時間の短縮や、生産ラインの省スペース化などを実現し、工場当たりの生産能力を高めることに成功してきたという。
さらに現在は、ロボットによる生産があまり入りこめなかった組み立て工程で利用可能なロボットを開発中だという。高木氏は「従来はロボットを利用して完全自動化を進めるというのが潮流だった。しかし、ロボットが不得意な領域もあり、完全無人化は現実的ではない。当社が考えているのは、人間と協調して働けるロボットおよび人間と共存できるロボットだ」と強調する。既に研究開発を進めており、中国でこの新方式によるロボットの本格生産を開始する予定だという。「まずは自社実践で実績を作り、外部への展開を進めていく」と高木氏は話している。
第三者認証機関であるテュフ ラインランド ジャパンでは、インダストリー4.0に必要なものをテーマに標準化とセキュリティの価値について訴えた。同社のドイツ本部であるテュフ ラインランドは蒸気ボイラー検査の第三者機関として1872年に発足。その後は自動車や電気製品、航空機などに対象を広げてきた。そんな同社が現在注視しているのが、インダストリー4.0による「サイバーフィジカルシステム」の認証だ。
同社 産業サービス部 部長代理 杉田吉広氏は「インダストリー4.0により、工場そのものがスマート化している。従来も工場内のみのローカルなネットワークはあったが、今ではインターネットを介してサービスや物と接続するようになっている。そうしたスマートファクトリーこそが、サイバーフィジカルシステムでの工場の姿であり、既にそれは始まっている」と語る。
さらに杉田氏は、インダストリー4.0の成功の鍵として、標準化、システムマネジメント、ネットワークのインフラ整備、安全性と危機管理の4つの要素を挙げ、特に「安全性とセキュリティ」の重要さについて強調した。「もしもハッカーが製造ラインのセンサーのしきい値を変えてしまえば、不良品を生産することも、ラインを止めることも可能となってしまう。外部からの不正アクセスをいかに防ぐかを、モノづくりの現場でも考えねばならない」と杉田氏は述べる。
これらの安全性を確保するためにも第三者認証機関が必要だ、とするのが同社の主張だ。「多くの企業の製品やサービスがつながり、さらにそこで安全性やセキュリティを確保するには、第三者による認証が貢献できる領域は大きくなる。将来的には『この工場で作られたものは安全だ』というスマートファクトリー認証のようなものも当社で展開できればと考えている」と杉田氏は話している。
これらの日本とドイツの新たな生産技術の動きとともに、重要性がクローズアップされたのが「どういう文化や風土のところで製造業としてやっていくのか」という点だ。その点において日本とドイツには大きな共通点がある。また、インダストリー4.0をはじめとし、新たな生産革新プロジェクトなども始動しており、製造業の新たな進化という面でも大きな役割を担いそうだ。
ドイツNRW州政府100%出資のNRW州経済振興公社(NRW.INVEST)のアジア部長 アストリッド・ベッカー氏は「ドイツはリーマン・ショックを完全に克服しており、世界の生産拠点としてますます重要な地位を占めるようになっている」と語る。実際、ほとんどの先進国では製造業の割合が減少する中、ドイツでは製造業の割合が増加。「卓越した製造業の拠点としての評価が高いといえる。インフラ、知識、マーケティングと顧客、コストなど、どれをとってもドイツには競争力がある」と強みを語る。
実際にNRW州はヨーロッパ大陸最大のビジネス拠点となっており、ドイツの輸出製品のうち最も多い16.4%がNRW州から輸出されている。また調査機関や大学なども多く存在し、72の大学、50の研究機関、42の技術開発センターなどが設置されており、研究開発拠点としても有望だという。ベッカー氏は「NRW州は歴史的に強い産業を数多く有しており、連邦政府が進めるインダストリー4.0の進展にも重要な役割を担っている」と強調している。
またNRW州の中でも、350万人が暮らし特に経済的な重要地域であるケルン・ボン大都市圏は研究と教育分野での評判がとりわけ高く、27の大学が集中し11万人以上の人々が最先端の学問を学んでいる。トヨタやヤマハ、マツダ、東芝など、日本を代表するメーカーが進出しているのもケルン・ボン大都市圏の特徴だ。
ケルン・ボン地域協会 マーケティング部長 カーステン・ヴァイス氏は「ケルン・ボン大都市圏の企業の数は15万社におよび、半径500Km圏に実に2億人もの消費者を抱える一大市場となっている。道路、鉄道、航空ネットワークをはじめインフラも素晴らしい。ライン川が流れており、ロジスティクスにも重要な役割を担っている。日本企業にとってきっと最適なビジネスパートナーや投資先を見つけることができるだろう」と述べている。
一連のセッション終了後には、質疑応答の時間も設けられた。ある来場者は「日本の製造業および国として、インダストリー4.0の世界に向けて何を準備し、まず何をすべきかをアドバイスをして欲しい」と質問。それに対し、DMRCのクレンプ氏は「とにかくオープンでイノベーティブであることだろう。われわれは小さな研究所だが、世界各国にパートナーがいる。日本の企業とも積極的に協力していきたい。われわれのコンピテンシーを活用していただければ、インダストリー4.0への取り組みもきっと成功するはずだ」と回答した。続けてNRWジャパンのロエル氏も「お互いに話をすること、オープンであることが大切だ。コミュニケーションをきちんと取り、ステークホルダーをまとめることが欧州で成功する秘訣だろう。日本とドイツはお互いに学び合えることがたくさんあるので、ぜひ声をかけていただきたい」と述べている。
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提供:株式会社NRWジャパン/ドイツ ノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州 経済振興公社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2014年11月26日