PM2.5や悪臭の原因にも、大気に排出される窒素廃棄物の現状:有害な廃棄物を資源に変える窒素循環技術(4)(2/2 ページ)
カーボンニュートラル、マイクロプラスチックに続く環境課題として注目を集めつつある窒素廃棄物排出の管理(窒素管理)、その解決を目指す窒素循環技術の開発について紹介します。今回は、大気への排出についての国内の現状とその課題について説明します。
N2Oの発生源とは?
N2Oは温室効果ガスとして注目されています。加えて、温室効果ガスの中で世界全体では6%程度の影響があるとされていますが、日本国内では1.6%とその比率は低くなっています【5】。それでも、排出削減を目指すことに変わりはないようです。N2Oの排出源は2021年度で農業49.1%、燃料の燃焼/漏出26.1%、廃棄物処理19.5%、工業プロセスおよび製品の利用5.3%となっており、農業からの排出が大きい一方で、工業分野からの排出も無視できない状況です【6】。
このように、NOx、NH3、N2Oで大きくその排出源が異なっており、対策もおのずと違うものが必要となります。
大気への窒素排出の影響
では、このようなNOx、NH3、N2Oといった窒素廃棄物を大気中に排出することにより、どのような影響が発生するのでしょうか? NOxについては、濃度が高い地域で生活していると呼吸器障害を起こすといわれています。また、NOxの1つである二酸化窒素(NO2)は環境基準が定められています。NO2は水に溶けると硝酸、亜硝酸になり、酸性雨の原因物質の1つとなるためです【7】。
また、NO2により生産された硝酸が大気中でアンモニアと結合すると硝酸アンモニウムの微結晶となります。これは微小粒子状物質PM2.5の原因物質です。PM2.5は非常に小さいため、肺の奥深くまで入りやすく、循環器系への影響があると考えられています。
アンモニアも同様にPM2.5の原因となります。NOxから変化した硝酸/亜硝酸だけでなく、硫黄酸化物(SOx)起源の硫酸/亜硫酸と結合し、硫酸アンモニウムなどのPM2.5にもなります。
なお、近年、各自治体ではPM2.5の調査を継続的に行っており、その成分を定期的に報告しているところもあります。例えば福岡県久留米市の場合、アンモニウムイオン/硫酸イオン/硝酸イオンを合わせるとPM2.5全体の計53%を占めるとなっており、過半が上記のようなケースで生産されたと考えられます【8】。他の自治体を見ても、最低20〜30%はアンモニアが関係するようです。
また、悪臭が大きな問題となっています。先に書いた通り、アンモニアを最も排出するのは畜産です。畜産農家で育てられた家畜の糞尿を処理するときに、含まれる窒素分の一部がアンモニアとして大気中に放散されるのです。畜産に対する苦情のうち、54%が悪臭問題となっています【9】。悪臭の原因はアンモニアだけではありませんが、アンモニアは物質としての量が多く、処理しづらいことが課題であり、主要な原因の1つであることに間違いはありません。ちなみに、苦情件数の2番目は水質汚濁関連で、こちらも窒素分が主要因の1つとなっています。
N2Oについては最初に述べた通り、温室効果ガスとしての影響が大きく、量が少ないため、窒素分としての課題は大きくありません。
最後に
今回は大気中への窒素化合物排出についてご紹介しました。前回、水の問題の時には、窒素廃棄物の排出を削減しすぎることによる貧栄養化の課題について紹介しましたが、大気の場合は、排出していいことはあまりないようで、できるだけ削減するという方向でよいようです。もちろん、そのために大量のエネルギー消費をしてしまっては別の問題が発生するので、バランスは必要となることに留意すべきでしょう。つまり、エネルギーをできるだけ使わず、窒素化合物の排出をいかに減らすか、ということがポイントになるのです。(次回へ続く)
筆者紹介
産業技術総合研究所 首席研究員/ナノブルー 取締役 川本徹(かわもと とおる)
産業技術総合研究所(産総研)にて、プルシアンブルー型錯体を利用した調光ガラス開発、放射性セシウム除染技術開発などを推進。近年はアンモニア・アンモニウムイオン吸着材を活用した窒素循環技術の開発に注力。2019年にナノブルー設立にかかわる。取締役に就任し、産総研で開発した吸着材を販売中。ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー。博士(理学)。
参考文献:
[1]日本の2000年から2015年の窒素収支、農研機構、農業環境研究部門2021年の成果情報、2023年10月8日確認
[2]第12回環境省微小粒子状物質等専門委員会(2020年6月26日)資料2-2、2023年10月8日確認
[3]「固定発生源からの汚染物質発生状況」、環境再生保全機構、2023年10月8日確認
[4]家畜排せつ物起源アンモニア発生の測定、第32回酸性雨問題研究会シンポジウム、農研機構 長田隆(2010年3月)、2023年10月8日確認
[5]令和3年度版 環境・循環型社会・生物多様性白書、環境省 第一章、2023年10月8日確認
[6]2021年度(令和3年度)の温室効果ガス排出/吸収量(確報値)について、環境省、2023年10月8日確認
[7]「2022年度 大気汚染状況の測定結果について」東京都、2023年8月22日 参考資料6、2023年10月8日確認
[8]微小粒子状物質(PM2.5)成分分析結果、福岡県久留米市(2019年4月19日)、2023年10月8日確認
[9]畜産経営に起因する苦情発生状況、農林水産省畜産局(2023年5月)、2023年10月8日確認
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