“人をお手本にするAI”は製造現場に何をもたらすのか:製造現場向けAI技術(2/2 ページ)
協働ロボットなど機械が人と共に働く場面が増える中で、円滑に人と協調する能力が機械にも求められるようになっている。これらの要望に応えるため、三菱電機では「人と協調するAI」を開発した。同技術により得られる価値や狙いについて、開発陣に話を聞いた。
AGVの自動走行で実証実験を実施、10分の1のデータで作業効率は30%向上
三菱電機ではこの「人と協調するAI」の実証として、模型を用いて自動走行を行うAGVと人が操作するフォークリフトによる混在環境での走行実験を行った。AGVで搭載したシステムでは、先述したような「人のような判断をする(機械学習)」判断部と「走行についてきめ細かい制御を行う(最適制御)」制御部を分割して構築。俯瞰画像を入力し、特徴量抽出を行うことで、判断部と制御部に情報を与える形としている。
リアルタイム性が強く要求される制御部では10〜数十ミリ秒周期で機器動作を制御させるようにした。一方で、判断部についてはそこまでシビアな情報は不要であるために100〜数百ミリ秒周期で大まかな目標地点を学習し判断させるようにしたという。このように判断部(学習部)と制御部を分割させることで、画像を入力とするリアルタイム制御の模倣学習を実現できたという。
「制御部と分けたために、人に実際に操作させてそのデータを基に学習できる。リアルタイムで学習させて推論モデルを構築し、自動走行をさせた。人が行う実際の協調動作を収集し、逆強化学習で実現したという形だ」と毬山氏は語る。
実際に実証の中で、AIによる協調動作がなかった場合に発生したのが、人が操作するフォークリフトの動きとAGVの動きがかみ合い、身動きが取れなくなるような場面だ。危険な距離まで近づくと、AGVはどの方向に動いてよいのか分からなくなり、再設定などが必要になる。
AIなしでの実証の様子。人が操作するフォークリフト(赤丸)が荷物を降ろし下がろうとするタイミングでAGV(青丸)が来た場合、フォークリフト側は避けようがなくAGV側はどちらに動けばよいのか判断ができず身動きが取れなくなる(クリックで拡大)出典:三菱電機
しかし「人と協調するAI」を搭載し、人の操作を模倣して学習した後であれば「AGVが自律的に下がってフォークリフトに道を譲り、フォークリフトを先に行かせた後に進むというような自然な協調動作が可能になった」(森本氏)という。
これらを解消できたことで、実証実験では、教師あり学習に対して10分の1のデータで学習が完了できる他、作業効率も30%向上させることができたという。「人が実際に操作しているような自然な挙動をAGVに取らせることができるようになった。人と機械が混在する環境での作業効率を高めることができる」と毬山氏は成果について語る。
今回の実証を通じて、技術的な成果を示すことができたが、まだ基礎研究段階の成果であり、今後は三菱電機グループ内の各事業部と製品などに組み込むための研究を進めていく計画だ。「性能や精度、品質保証など、製品化までには事業に応じて詰めていく条件がある。それぞれの環境に合わせた開発が必要だ」と毬山氏は語る。
ただ用途については「機械にとって不確かな存在となり得る人の動きに関連する環境では特に利用価値が高いと考えている」(毬山氏)という。「ルール化が可能で、報酬設計が簡単な領域では強化学習を使った方がよい。しかし、人の動きや判断などのように、ルール化が難しく、報酬設計が難しい領域では、逆強化学習を使った今回の技術が生きてくる。今回はAGVでの実証だったが、特殊なハードウェア環境などは必要ないため、動くものであれば、適用できる範囲は広い。さまざまな用途で活用を検討していく」と毬山氏は語っている。
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