荏原製作所、宇宙事業を本格始動 ロケット用の電動ポンプを開発中宇宙開発

民間企業による宇宙ビジネスの裾野が拡大する「ニュースペース時代」が本格的に到来する。産業用ポンプで高い技術力をもつ荏原製作所は、宇宙事業に新規参入し、電動ポンプを開発中だ。液体メタンを使う新しいエンジンに狙いを定め、「ロケットエンジンの心臓部」に革新を起こす。低コストで安全に宇宙へ到達する技術を開発し、人類の宇宙活動を支える存在になることを目指す。

» 2023年10月31日 10時00分 公開
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 荏原製作所の航空宇宙技術グループのメンバーが見つめる視線の先にあるのはロケットエンジン用電動ポンプの試作品。ポンプ性能が設計で予測された値を満たしているか調べるため、2023年内に地上試験を実施する予定だ。

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「大宇宙時代」を支える存在に

 宇宙関連産業が急速に成長している。その象徴は米宇宙開発企業スペースXが進める衛星通信サービス「スターリンク」だ。高度550kmの地球低軌道に小型衛星を打ち上げ、衛星インターネット網を構築する。これまでに打ち上げた人工衛星の数は5000機近くに達し、最終的には約1万2000機に上るという。

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 人工衛星を運ぶのは同社の「ファルコン9」ロケットで、スターリンク衛星の打ち上げは2023年8月だけで9回行っている。米航空宇宙局(NASA)の国際宇宙ステーション(ISS)へ人員や貨物を運ぶのにもファルコン9は使われ、総打ち上げ回数は250回以上に達する。そのうち189回は機体の一部を回収し再使用している(2023年9月下旬時点)。彼らが開発中の次世代ロケット・宇宙船「スターシップ」は月面探査や火星移住での活用を視野に入れている。

 その他にも、世界で初めてエンジン用電動ポンプを実用化したRocket Lab、ロケット部品の多くを3Dプリンタで製造する米Relativity Spaceといったベンチャー企業が誕生している。国内でもインターステラテクノロジズ(北海道・大樹町)などが小型衛星打ち上げ用ロケットの開発に挑んでおり、宇宙往還機の開発と運用を目指す将来宇宙輸送システム(東京・日本橋)といった企業も現れた。

 従来の国家主導のプロジェクトとは違い、民間企業主導で進めており、ニュースペースという言葉に象徴される新しい動きが活発になっている。

photo 航空宇宙技術グループの藤枝英樹グループリーダー。以前は産業用高圧ポンプの設計を担当していた

 こうした宇宙開発競争の先を見据え、航空宇宙技術グループの藤枝英樹グループリーダーは次のように語る。

「いずれ『大宇宙時代』が到来する。民間人が当たり前のように宇宙へ行き、月や火星に滞在する時代が来るかもしれない。私たちはそうした宇宙活動を支える技術を生み出したい」

 荏原グループは2020年に長期ビジョン「E-Vision2030」を策定し、「技術で、熱く、世界を支える」という旗印を掲げた。新規参入した宇宙事業では、「新しい価値を提供する技術を生み出し、人類の宇宙活動を支える不可欠な存在となる」というビジョンのもと、「人と宇宙のつながりを当たり前に」とのミッション達成を目指す。

社内コンペで燃料輸送ビジネス提案

 荏原製作所が宇宙事業に参入するきっかけになったのは、社内公募による新規事業アイデアコンペティション「E-Start2020」への応募だった。藤枝さんらがチームを結成し「ロケットをつくり、燃料輸送ビジネスを行う」と提案。「将来、地球低軌道に民間人が滞在するようになると大量のエネルギーが必要になる。燃料をロケットで運び、エネルギーに変換して利用する」という内容だった。このアイデアは優勝こそ逃したものの特別賞を受賞した。

 経営陣の意見は割れた。あまりにも大胆な提案だったからだ。「フィージビリティスタディをきちんとするように」と指示され、翌2021年3月に具体的な数値を盛り込んだ計画を経営陣に提出し、了解を得た。そこから組織づくりがスタートした。

 今後、民間企業が宇宙開発を担い、新たなビジネスを創出するニュースペース時代が本格的に到来する。これまでの大型ロケットは、打ち上げ1回当たり数十億円から100億円超と多額の費用がかかっている。このボトルネックを解消する手段の一つとして、小型ロケットを数億円で打ち上げ、輸送手段の低コスト化を図る方法がある。

「安く、かつ安全な輸送手段をつくらなければならない。ポイントはロケットエンジンの開発にあり、特に燃料や酸化剤を燃焼室に送るポンプの開発が難しいとされる。われわれはポンプ開発を得意とし110年以上やってきた会社。その技術力を生かしてロケットエンジンの開発に貢献すれば、世の中を変えられるかもしれない」(藤枝さん)

 荏原製作所が開発中のロケットエンジン用ポンプは、電動モータを使って羽根車を回し、液体メタン(もしくは液体酸素)を昇圧するもの。質量が数kgから500kg以下の小型衛星を地球低軌道に運ぶ小型ロケット用に開発を進めている。燃料に「液体メタン」を使用し、駆動力を「電動モータ」で得るという2つの新技術に挑んでいる。

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「液体メタン」「電動ポンプ」の利点

 液体燃料は固体燃料に比べて制御しやすい。ロケット燃料としては、高性能な液体水素(スペースシャトル、日本のHII系、H3などが採用)や、古くから使われているケロシン(ファルコン9などが採用)がよく知られている。

photo 室蘭工業大学の内海政春教授。1999年11月のHII 8号機打ち上げ失敗を受け、ターボポンプの設計見直しの主担当となった経験がある

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)でロケットエンジン開発に携わり、現在、室蘭工業大学航空宇宙機システム研究センター長を務める内海政春教授は、液体メタンエンジンおよび電動ポンプに関するメリットをこう解説する。まずは液体メタンの利用について。

「液体メタンは液体水素に比べ、単位体積当たりの推進力が大きいので燃料タンクを小さくでき、エンジン全体を小型化できる。ケロシンはすすが発生するため流路をふさぐ問題があるが、液体メタンはすすが発生しないため再利用や長期運用に向く。メタンは水素に比べて蒸発しにくいので燃料の長期保存にも向く。さらに液体メタンの温度(−161℃)は酸化剤である液体酸素(−183℃)に近いため、弁など部品の開発を共通化でき、コストダウンできる可能性がある」

 液体メタンエンジンが次世代型として期待されるのは、こうしたメリットが数多くあるからだ。中国が液体メタンエンジンを用いたロケットを2023年7月に世界で初めて軌道投入したとされ、日米欧も次世代ロケットでの採用を続々と決めている。

 一方、大型ロケットでは燃焼ガスでタービンを回して駆動力を得るターボポンプが使われるのが一般的だが、電動ポンプのメリットは何か。

「モータでポンプの回転数を自由に制御でき、停止・起動もできる。タービンを使うことで複雑な配管が必要になるが、それがなくなることから、ロケットエンジン全体をシンプルな構成にできる。ただし、バッテリと、モータの出力を制御するインバータが新たに必要になり、発熱対策が重要になる」

 電動ポンプは、米国とニュージーランドの企業であるRocket Labが開発した「ラザフォード」エンジンが初めて採用し、小型ロケット「エレクトロン」に搭載されている。燃料は従来のケロシンを使用している。

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100kgを高度450kmへ運ぶために

 新規参入ながら、「液体メタン」「電動」という2つの新しい技術にいきなり挑戦した理由について、藤枝さんはこう話す。

「新たに参入するのなら、新しいことをやった方が世の中のためになる。世の中で完成していない技術だからこそ、チャレンジしてみる価値がある」

 本格的に開発に着手したのは2022年5月。最初にロケット本体の仕様を独自に想定した(表1)。2段式でペイロード(最大積載量)を100kgとし、高度450kmに打ち上げる。それに必要なエンジンシステムを概算設計していくと、ポンプに求められる能力が算出される(表2、3)。

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 その結果、ポンプを回転するための軸動力は76kW、吐出圧は7.5MPa(液体メタン側)と得られた。この吐出圧は噴水に例えると1800mの噴き上げ高さに相当するという。バッテリ、インバータなど周辺機器を含めた電動ポンプ全体の質量も計算からはじき出された。

 想定した小型ロケットは1段目にエンジンが9基あり、電動ポンプが18個使われる。2段目はエンジン1基で電動ポンプが2個必要になる。

 電動ポンプの質量は少しでも軽い方がいい。軽くした分、燃料やペイロードを増やすことができるからだ。

発熱、放射線、小型化、高速回転

 「電動モータは電子部品の固まり。発熱対策、宇宙での放射線対策、そして軽量化が課題」と藤枝さんは話す。

 発熱に関しては「各要素から発生する熱を計算し、コンピュータシミュレーションを行いながら、ポンプの地上試験で評価する」。放射線については、放射線に耐えられるように設計した電子部品を採用し、地上の試験設備で宇宙環境試験を行う。

 もう1つ大きな課題がある。ポンプの回転数が毎分数万回転と高速なこと。荏原製作所が手掛ける一般産業用ポンプより1桁大きい値だ。

 羽根車やケーシングの設計に詳しい担当者は「高速回転による高い圧力はポンプに振動を起こす原因になる。それを防ぐには圧力が分散するような形状にしたり、軸受の配置を工夫したりする」と話す。ポンプの中の燃料や酸化剤の流れをきれいにしてやることがコア技術となる。

スピード重視のチャレンジ

 荏原製作所が狙うのは小型商業衛星を打ち上げるための小型ロケットの分野だ。2023年6月、内閣府宇宙開発戦略推進事務局は「宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像」をまとめ、日本の衛星事業者が「今後10年間で合計280機以上の商業衛星の打ち上げを計画」と報告している。「われわれとしては、まずはそうした国内市場で使ってもらいたいと思っている」と藤枝さんは話す。

 2021年7月、一般社団法人宇宙旅客輸送推進協議会(SLA)が設立され、日本の輸送系宇宙ベンチャーを支援する機運は徐々に高まっている。

 荏原製作所が参入するのは、まさに輸送系宇宙ベンチャーの集まる市場であり、スピードが重視されるため、2024年度中の開発をめざしている。

 スピード重視はチーム内で共有されており、その情熱を突き動かすのは社長の浅見正男氏の力強い言葉だ。

「チャレンジしてほしい。難しければ難しいほどいい。そうすれば世の中にないいろいろな技術が生まれ、それらは他の事業でもイノベーションを生み出すタネになる」

 荏原製作所の宇宙への挑戦は始まったばかりだが、グループリーダーの藤枝さんは困難なチャレンジの先に描く夢について語る。

「ロケットやスペースプレーンといった宇宙への輸送機にわれわれの開発した製品が使われ、安く安全に誰もが宇宙へ行ける時代をつくりたい。今、地球上は資源の枯渇などさまざまな課題があるが、それを少しでも解決できればうれしい」

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※)本記事は日経サイエンス2023年12月号に掲載した広告記事を転載したものです。

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提供:株式会社荏原製作所
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2023年11月6日