国内化学業界でもDXが進んでいるが、研究開発での取り組みは遅れがちだ。現在も紙の実験ノートへの記録やExcelベースのデータ集約などアナログな手法が支配的といわれる。この研究開発のDXで目覚ましい成果を挙げつつあるのがレゾナックだ。
製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが進んでいるが、それは日本国内に有力な企業が多数存在する化学業界も例外ではない。組み立て製造業と同様に、モノづくりの現場である化学プラントのスマート化などを積極的に進めていることが知られている。
その一方で、新たな素材を生み出すための研究開発のDXは進展に遅れが見られるという指摘もある。研究開発の過程を紙の実験ノートに記録することが多く、データもExcelベースで集約するなど、アナログな手法が支配的ともいわれている。この研究開発のDXで目覚ましい成果を挙げつつあるのがレゾナックだ。
レゾナックは、昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合して2023年1月に新たな社名でスタートを切った企業だ。まさに両社にとっての「第二の創業」であり、半導体材料やCASE(コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)に対応した自動車関連の材料などを主力製品として「世界で戦える機能性材料メーカー」を目指して大きく踏み出そうとしている。
統合前の昭和電工は化学メーカーとして川上/川中側の「作る化学」を中核としていた。一方の日立化成はこれら川上/川中の材料を活用する川下側の「混ぜる化学」によって事業を展開してきた企業だ。レゾナック・ホールディングス 研究開発企画部長 PhDの脇坂安顕氏は、「下流での機能発現を上流の原材料起因に帰属するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を推進することで、真の意味で原料工程を活用する機能性化学メーカーとなることができます。MIについて、旧昭和電工はデータサイエンティストによるAI(人工知能)解析を、旧日立化成は実験を通じて材料開発を行う研究者自身による統計解析を得意分野としてきました。それぞれの強みをレゾナックのMIとして生かしています」と語る。
この活動の拠点が、2022年5月に横浜市神奈川区に開設した研究開発複合施設「共創の舞台」だ。研究開発部門だけでなく材料科学解析、計算情報科学研究、プラントソリューション、エンジニアリング、化学品管理/評価などのセンター部門を集約。多様な組織をつなぐ横断的なハブ機能を生かしつつ、社内と社外の両面からオープンイノベーションによる技術連携の“共創”を加速し、将来の事業創造のためのR&D活動を開始している。
脇坂氏は「現時点において国内化学メーカーの研究開発のDXは、先進国では“中の中”くらいのポジションにあると思われます。レゾナックの取り組みは国内勢の中ではかなり進んでおり、世界の上位グループに迫る体制が整いました」と述べる。
ただし、レゾナックが目指す共創型のDXは単に同じ施設に人材を集めただけでは実現しない。より緊密な情報共有を支える仕組みが不可欠だ。
レゾナックの研究開発活動においても、記録方法の不統一による情報散逸や障害/破損による情報消失、異動や退職による技術/ノウハウの非継承が懸念されている。MIなどデータ解析の前工程でのデータ収集や整形にも多大な工数を費やしていた。これらの課題を解決すべくレゾナックが導入したのが、ダッソー・システムズの電子実験ノート「BIOVIA Notebook」だ。
選定に当たって注目したのは、「自由なレイアウトでノートを作成して多様なデータを一元管理できる」「テンプレートによる記録形式の統一」「フィルターと全文検索によるフレキシブルで高速な横断検索が可能」といった特徴だ。
BIOVIA Notebookを利用すればモバイルデバイスに実験データを簡単に取り込んで記録でき、業務効率が向上する。テキストと化学構造式の両方でデータを柔軟に検索、参照できる。一度使われた後に二度と活用されないデータ、いわゆるダークデータを解消することで、研究の一貫性と再現性を確保するとともにコラボレーションを向上させる。
BIOVIA Notebookの導入を主導したレゾナック 計算情報科学研究センター 情報・インフォマティクスグループ チーフ・リサーチャーの川原悠氏は「当センターで化学実験を行うことはありませんが、そんな部門に所属している私も今ではすっかりBIOVIA Notebookのヘビーユーザーの一人です。電子実験ノートというツールでありながら、用途を限定しないフレキシブルな使い勝手の良さが大きな魅力です。さまざまな業務記録はもとより、当センターのデータサイエンティストと研究開発部門のエンドユーザーとのデータのやりとりや情報共有にもフル活用しています」と語る。
もっとも、BIOVIA Notebookの利用拡大、定着化が順風満帆に進んだわけではない。
旧昭和電工が初めてBIOVIA Notebookを導入したのは2019年。契約したライセンス数は当初30で、ほぼPoC(概念実証)に近いスタートだった。
川原氏らは研究開発部門にトライアルを依頼したのだが、「現場からは『既存システムへの記録で精いっぱい』『新しいシステムを使う暇なんてない』など、余計な工数を使いたくないという消極的な反応がほとんどでした。中には『二度と使うつもりはない』といった拒絶に近い反発もありました」と川原氏は振り返る。
そこで、なぜ使わないのか全ユーザーにアンケート調査やヒアリングを実施し、寄せられた意見/要望に対する施策を横展開していった。「ノートPCの持ち込みが許されていない実験室でも研究結果を記録できるようにしたい」という声に応えてタブレットを導入したのもその一環だ。詳細なFAQページの整備や説明会の実施などにも積極的に取り組んだ。
導入2年目の2020年には、「同じ研究開発チーム全員が電子実験ノートを見ることができなければ不便」という声に応えてBIOVIA Notebookのライセンス数を90に増やし、研究開発のチームごとに配布できるようにした。川原氏は「加えてユーザー独自のタグ付け機能やさまざまな検索機能を教える講習会、FAQページの作成など、ユーザーへ細かいサポートを継続することで、同じ部署内での情報共有がしやすいという理解が進むと同時に全ての実験記録をBIOVIA Notebookに一本化しようという機運が徐々に高まっていきました」と説明する。
もちろんBIOVIA Notebookだけでは簡単に解決できないこともある。一例として、BIOVIA Notebook導入以前に記録していた、WordやExcelで書かれた過去の実験レポートをどうやってBIOVIA Notebookに取り込み、見られるようにするかについての対応を見ていこう。
川原氏らは「BIOVIA Pipeline Pilot」による機能追加というアプローチに注目した。BIOVIA Pipeline Pilotは、用意されている数千種のコンポーネントを利用してデータを高速に処理するデータサイエンスプラットフォームであり、BIOVIA Notebookとのデータ連携用コンポーネントも含まれている。川原氏は「ダッソー・システムズに新機能を簡単に開発する方法がないか相談したところ、BIOVIA Pipeline Pilotをノーコード/ローコード開発ツールのように利用できるという提案がありました。そこで、ファイルサーバに蓄積された過去レポートをBIOVIA Pipeline PilotでBIOVIA Notebookに取り込む機能を追加しました。すると『実験データの連続性が保てるようになった』と、研究開発現場のユーザーから高い評価を得ることができました」と強調する。
さらに、研究開発現場のさまざまな不満や要望を洗い出しつつ自動レポート出力や自動データ登録、共同編集者の一括追加、アクセス可能ユーザーの一覧表示、全セクション削除、メール送信、添付ファイル一括出力といった数十個に及ぶ機能を次々に開発。Experiment Type管理者の一覧表示、ノート関連の可視化、利用状況の可視化といった管理者向け機能も提供し、BIOVIA Notebookの使い勝手を高めていった。
この動きに合わせて、BIOVIA Notebookの契約ライセンス数は2021年に200、2022年に300、そして2023年には700に拡大した。「かつては研究者に拒絶されることもありましたが、今では自らアカウント作成を要望するようになるなど手応えを感じています」(川原氏)という。BIOVIA Notebookの浸透と定着化がレゾナックの研究開発DXの礎となるのは間違いない。
BIOVIA Notebookの導入を契機として実験データのデジタル化と研究開発者間での情報共有が加速しているレゾナックは、これを基盤として旧昭和電工が得意とするAI活用、旧日立化成が得意とするデータ活用を融合させた本格的なMI活用に進もうとしている。
この取り組みのベースが、BIOVIA Pipeline Pilotを用いた「データパイプライン」の確立だ。BIOVIA Notebook内の実験記録データを自動整形して実験データベースに蓄積し、そこからデータ解析システムにデータを流すまでの一連のプロセスを自動化する仕組みだ。データ解析の結果は元の実験データとひも付いているため、BIOVIA Notebookで再確認することもできる。データの解析結果から異常な値が検出されたら、数値だけでは判断できない定性的な情報に立ち返って確認するといった運用が可能になる。
レゾナック 計算情報科学研究センター 情報・インフォマティクスグループ グループリーダーの高(「高」ははしごだか)仁子氏は、「このデータパイプラインは解析者をデータ整形の作業から解放し、材料開発の迅速化に貢献します。現在はデータ形式や分析/活用目的が異なる複数拠点で利用を始めており、実験に要する期間を3分の1に短縮した事例もあります」と語る。
将来に向けては、「分析装置も含めた自動実験と電子実験ノートの連携を実現したいと考えています。また、研究開発だけでなく実験データを発明発掘活動や製品の品質管理などにも適用できる可能性があります。加えて生成AIによるノート記載内容の活用にも期待しています」と高氏は構想を語り、「世界で戦える機能性材料メーカー」「共創型化学会社」としてのDXを追求していく構えだ。
※)3DEXPERIENCE、3DSロゴ、Compassアイコン、IFWE、3DEXCITE、3DVIA、BIOVIA、CATIA、CENTRIC PLM、DELMIA、ENOVIA、GEOVIA、MEDIDATA、NETVIBES、OUTSCALE、SIMULIAおよびSOLIDWORKSは、フランスの法律に基づいて設立された欧州会社(Societas Europaea)であり、ヴェルサイユの商業裁判所書記課に登記番号322 306 440で登録されているダッソー・システムズと、アメリカ合衆国やその他の国におけるダッソー・システムズの子会社の登録商標または商標です。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2023年6月12日