国内の組み込み開発市場で大きな割合を占める車載分野だが、自動運転技術の進化と急激なEV(電気自動車)化にコロナ禍の影響も加わるなど大きな曲がり角を迎えている。そこで、IARシステムズの原部和久氏と、インフィニオン テクノロジーズ ジャパンの赤坂伸彦氏に、車載分野における組み込み開発の新たな潮流について語ってもらった。
幅広い製品分野にまたがる組み込み開発の市場だが、特に日本の場合は自動車向けの比率がかなり大きな規模になっている。このいわゆる車載関連で、統合開発環境「IAR Embedded Workbench」で知られるIAR Systems(以下、IAR)と車載MCUで高いシェアを誇るInfineon Technologies(以下、インフィニオン)はパートナーであり、グローバルだけでなく、日本に根差した形での独自の協業なども行っている。
自動車業界は、自動運転技術の進化に加えてカーボンニュートラルへの対応に向けた急激なEV(電気自動車)化も進みつつある。さらには、この3年余りのコロナ禍や地政学的な国家間の緊迫による影響がモノづくりに及ぶなど、その変化の波は極めて大きい。そこで、IARシステムズ 代表取締役社長の原部和久氏と、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン オートモーティブ事業本部 ヴィークルユーザーエクスペリエンス&E/Eアーキテクチャ 副セグメントヘッド シニアダイレクターの赤坂伸彦氏に語ってもらった。
原部氏 IARの日本市場での売上高は2021年まで19期連続成長を記録しており、2022年も好調を維持しています。その理由の一つが、車載分野の売上高が伸びたことです。
特に、インフィニオンのデバイスと関連する商談が増えたことが大きな要因の一つになっています。IARでは機能安全認証済みコンパイラの提供により、車載アプリ開発者のソフトウェア開発期間の短縮を目指します。加えて、デバイス・ツールの間をいかにシームレスにサポートしていくか? という共通の観点を持ったIARとインフィニオンおよびその代理店との協業が背景にあります。
赤坂氏 2022年はインフィニオンもグローバルと国内で商談が好調に進みました。特に国内で好調だったのは車載MCUのTRAVEO T2Gファミリーです。TRAVEO T2Gは発表から数年たち、他地域と比べると日本国内での採用が遅れていた感がありましたが、特徴の一つである強化したセキュリティに対するニーズが立ち上がってきた印象です。IARのツールのサポートもあり、本格的に動き始めました。
後は、EV化の進展に合わせて、電子プラットフォームのアーキテクチャの刷新に向けた動きが加速しています。2020年ごろから少しずつ動きはあったのですが、2022年に入って本格化したと思います。EVという観点では、低消費電力化も当然必要になります。走行するのにも電力を消費するEVの場合、内燃機関車と比べて消費電力に対する要件がより厳しくなっています。
原部氏 国内のお客さまとの話で出てくることなのですが、車載システムの開発において、すぐにMCUを変えたりツールを変えたりというのはかなり難しいようです。特に、これまで採用していなかった新しいデバイスの採用にはいろいろと懸念を持っています。ソフトウェア開発のボリュームが増える一方で、開発にかけられる期間はどんどん短くなっていることを考えると、新しいデバイスの採用には消極的にならざるを得ません。
もちろんIARもさまざまなツールを用意してこれらの課題や懸念を軽減するお手伝いをしているのですが、車載となるとAUTOSARへの対応や、MCUごとに用意しなければならないMCALに加えて、お客さまの既存のソフトウェア資産なども密接に絡んできます。新しいデバイスを導入するとなると、何か問題が起きた際の原因の切り分けが難しくなります。こうした問題に対して、IARとインフィニオンが共同してツールの連携や導入前/導入後の技術サポートを提供することで、お客さまの開発スケジュールの算定に絡む不安を解消できるようになったことが両社の協業の成功要因だったのではないかと考えています。
赤坂氏 自動車業界のお客さまからは、「(インフィニオンのデバイスは)このツールが使えますか?」と問われることが多いです。これは、車載システムの開発で広く利用されているIARのツールが使えますか? ということなのです。だからこそ、インフィニオンとして検証を行った上で、IARと共同で提案することに大きな意味があります。IARがわれわれのデバイスをサポートしてくれる以上、われわれとしてもIARのツールが使えるようなデバイスを作らないといけません。
原部氏 自動車業界のお客さまは、実績やサポート体制を非常に重視します。TRAVEO T2GをはじめとするTRAVEOシリーズは、もともとの開発を企画した富士通セミコンダクターの時代からIARとしてサポートしてきました。その後、スパンション、サイプレス、インフィニオンと会社が変わってもこの関係は継続しており、お客さまの安心につながっているのではないでしょうか。
原部氏 2021年5月にはTRAVEO T2Gに関する協業を発表しました。これは単純にデバイスをサポートするだけでなく「両社の協業によりお客さまのソフトウェア開発に視点を置いてMCALを含めた準備を行うことで車載開発のスムーズな立ち上げと開発期間の短縮ができます」というメッセージを出させていただいております。ここまでも挙げてきましたが、デバイスを変えるということはお客さまにとって相当なチャレンジですので、その負担を少しでも減らせるようにしなければなりません。
TRAVEO T2GのプロセッサコアはArm Cortex-Mを採用しており、初代TRAVEO(Arm Cortex-R搭載)よりも性能面のみならず、ソフトウェアの開発効率も向上していると思います。やはりプロセッサコアをCortex-Mに切り替えたことで、MCUライクな開発が可能になったのが大きいですね。実際日本にはCortex-MのMCUを利用するユーザーが多くいます。Cortex-Rですと、どうしてもMCUとは異なる仕様が出てきてしまうので、従来のMCU開発のスキルや経験のみではカバーしきれず、新たに学習時間が必要となってしまいます。
赤坂氏 TRAVEO T2Gに関しては、IARから機能安全対応のコンパイラを提供していただいていることが非常に大きいと思います。TRAVEOシリーズについては、プロセッサコアをArmに切り替えてから内製ツールを提供しておらず、サードパーティーにお任せする形になっています。そもそもArmを選択した理由の一つが、ツールを含めたエコシステムの充実ですので、餅は餅屋というと失礼かもしれませんが、開発ツールはそれを専業としてやられているベンダーにお任せすべきだと考えております。
そもそもお客さまがMCUを変更する際には開発スケジュールが非常に重要なポイントになります。機能的な要件がまずあって、スケジュールが間に合わないからMCUは変更せずに今のまま行こうという場合もあれば、要件から見てMCUを変更するしかないとなる場合もある。そして後者の場合、お客さまの期待されることは垂直立ち上げです。つまり、「ボードを起こして環境を整えたらすぐに開発をスタートできる」ということです。IARとインフィニオンの協業はこれをうまくやれていますし、何か問題が発生した場合にはすぐにサポートできる仕組みも整っています。
TRAVEO T2Gは、開発者の方にデバイスに慣れ親しんでいただくためインフィニオンからスターターキットを提供しています。実はこのスターターキットに同梱されているのがIARの無償版のツールなのです。
原部氏 ケースバイケースですが、その無償版ツールについても、IARから必要に応じてサポートを提供しています。スターターキットを使う先行評価の段階ですから、そもそも要件を満たせるのかとか、性能が出るのかとか、そうしたことが調査対象になるわけですが、サポートを提供することでデバイスの評価をしっかり行っていただき、良い結果が出て最終的にTRAVEO T2Gを採用していただければ、本格的な開発に向けてIARのツールのライセンス購入につながります。お客さまから声が掛かるのを待つのではなく、使うべくして使ってもらえるようにするということも協業の取り組みの一つと考えています。
赤坂氏 先ほどインフィニオンからは開発ツールは提供していないという話をしましたが、別製品のAuto PSoC MCUについては環境設定ツールであるModusToolboxがIARのツールと連携しています。ModusToolboxからIARのツール向けにコンフィギュレーションを出力する形ですね。TRAVEOシリーズに関しても同様の環境設定ツールを開発中ですが、これも同じようにIARのツールと連携する予定です。
原部氏 インフィニオンが自社で提供されているコンフィギュレータをはじめ、レファレンスになるサンプルプロジェクトなどが全てIARのツールで動作することを確認していただいていることは極めて心強いですね。
原部氏 自動車業界が大きな変化の曲がり角を迎える中で、これはIARの車載ビジネスにとって大きなチャンスになると考えています。インフィニオンとの協業体制を継続、発展させながら、車載ビジネスを2023年の成長の大きな柱にしたいですね。現状は、お客さまごと個別のアプローチを行っているのですが、今後はTRAVEOシリーズの良いところ、IARの良いところをもっと広く知っていただくため共同ウェビナーなどのマーケティング施策の展開も計画していきます。
赤坂氏 インフィニオンは現在、車載のArmベースMCUとして、TRAVEOシリーズと汎用向けでも用いられているPSoC、モーター制御アプリケーションなどで活用できるMOTIX Embedded Power ICという3種類をラインアップしています。パワートレイン以外の車載システムをTRAVEOシリーズで、センシング領域はPSoC、モーターやアクチュエータはMOTIX Embedded Power ICでカバーするというイメージです。これらのラインアップを一つの開発環境でつないでくれるのがIARのツールなのです。製品としてのMCUが異なっても、一つの開発環境でシームレスに開発できることは今後も強みにしていけると考えています。
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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2023年1月13日