電通国際情報サービスがオンラインで開催したイベント「PHM Conference 2021 in JAPAN」では、「データ分析と故障予知がもたらす安全な未来」をテーマに、DNVビジネス・アシュアランス・ジャパン、テトラ・アビエーション、ダイキン工業が登壇し、PHM(Prognostics and Health Management)と関連する業界動向や取り組み事例について紹介した。
電通国際情報サービス(以下、ISID)は2021年10月14日、「データ分析と故障予知がもたらす安全な未来」をメインテーマに掲げるウェビナー「PHM Conference 2021 in JAPAN」を開催した。
従来、日本のモノづくりは壊れない製品を作ることが重要という文化にあり、壊れない価値はあたかも無償サービスであるかのようにメーカーの努力で補われていた。しかし今後は、モノはいつか壊れるが、安心して使いたいときに使えるという新しい価値を持ったサービス、すなわち「デマンドチェーンビジネス」に変わっていくと考えられる。
ISID 製造ソリューション事業部 製造技術統括本部 戦略技術第1ユニット DER技術2部 3グループの山崎まりか氏は「“品質+”の信頼性という考え方へシフトする必要があります」と語る。そこで必須となるのがPHM(Prognostics and Health Management:故障予知技術)なのだ。これにより機器の不具合の予兆を捉えて原因を特定したり、機器の劣化をモデル化して寿命を予測したり、機器の健康状態を把握した上で適切な意思決定をすることが可能となる。
山崎氏は「モノは使わなくてもいつか必ず寿命を迎えます。上流側でリスクに対する理解を深めた上でPHMデザインを実行し、市場に出た後はその機器がどんな活用をされているのかデータを収集して予測分析を行います。さらにそこから得た結果に対してPHMデザインを見直すなど、設計活動にフィードバックするPDCAサイクルを回していきます」と述べ、PHMに基づいた安全性・信頼性設計の重要性を説く。
では、このPHMをいかにして実践することができるのか。ISIDでは次のようなソリューションを提供している。
まずPHMデザインにおいて、機器やシステムのつながりをモデル化し、故障に至るまでの因果関係を解くことで 観測(センサー)位置を明確化する。次にデータ分析PHMにおいて、過去に取得したビッグデータを利用し、故障の特徴を分析し、健康状態の悪化を捉えて故障を予知する。
このうちPHMデザインを担うのが、オーストラリアのPHM Technologyが開発した「MADe」というツールである。MADeを使えば、信頼性・安全性設計やPHMの実現に向けた設計者の意思決定を支援するシミュレーションモデルを構築し、単品部品から複雑システムまで稼働後のリスク、故障、寿命による損失や被害を緩和して最小化することができる。
またデータ分析PHMについては、AI(人工知能)を活用したデータ分析ツール「OpTApf」を提供する他、米国の関連会社であるPredictronicsのノウハウを生かし、ユーザー企業の実データを用いたデータ分析PoC(概念実証)や効果検証をサポートしている。
さらに今回のカンファレンスでは、PHMを用いた安全性や信頼設計、故障予知について深い知見を有する企業3社が登壇し、それぞれの取り組みを紹介した。
まず、特別講演に登壇したのはDNVビジネス・アシュアランス・ジャパン Safety&Security事業部 機能安全部 機能安全エキスパートの今井美紗子氏である。今井氏は、規格認証機関の視点から自動車・航空宇宙業界での機能安全・リスク対策の動向について説明した。
自動車はこれからの「つながる社会」において必須となるサービスを提供するモビリティツールとなる可能性が高まっている。今井氏は「そうした中で自動車や航空宇宙を含めたさまざまな産業がつながり、提供するサービスを補完し合う関係となりつつあります」と語る。
例えば、自動運転車は、自動車自体が保有するカメラやセンサーと人工衛星からの位置情報といったデータを連携させることで実現することができる。このような新技術が社会に安心して受け入れられるようにするためにも、ますます重要性を増しているのが国際基準の存在なのだ。「おのずと開発する製品の国際標準対応は欠かせないものになるでしょう」(今井氏)。
ただし、つながる社会に向けては他にもまだ多くの課題が残っている。今井氏は中でも特に重要な鍵を握る2つの課題について解説した。
1つは「セーフティカルチャー(安全文化)」の醸成である。自動車はこれまでも常に安全性を第一に作られてきたが、自動運転となることで安全に対する考え方そのものや範囲が大きく変わってくるのだ。今井氏は「たとえ技術的な観点から安全に対する取り組みがどれだけ進んだとしても、行政を含めたあらゆる組織にセーフティカルチャーが根付いていなければ、どんなに優れた技術といえども有効に機能させることはできません」と説明する。
もう1つの課題は、つながる社会において「自動車がモビリティサービスを提供するツールとなった際の不具合の対応」である。現在、自動車メーカーは可能な限り故障を起こさず、故障した場合でも安全を担保することを最優先としたモノづくりを行っている。これに対してつながる社会では、故障する前にメンテナンスするといった対処が求められる。ささいな故障が甚大なシステム障害の引き金となる可能性もあるだけに、故障が起きてからの対処だけではなく、事前に故障や機器の寿命を予測して対処すること、すなわちPHMへの取り組みが大前提となるのである。
「当社はモビリティとセーフティに関する高度な技術とともに、陸・海・空のそれぞれの領域における深い知見を有しており、これからのコネクテッド時代を見据えた課題を1つ1つ解決しながら、安全につながる社会の実現に寄与していきます」と今井氏は、DNVが担っていくミッションを語った。
次に、基調講演に登壇したのがテトラ・アビエーション 代表取締役社長の中井佑氏だ。いわゆる「空飛ぶクルマ」と呼ばれるeVTOL(電動垂直離着陸型航空機)を手掛ける同社からは、航空機製造のスタートアップとして、eVTOLが目指す役割と、安全性への取り組みが紹介された。
テトラ・アビエーションが開発しているのは、「30分で100km移動する空飛ぶクルマ」を基本コンセプトとするeVTOLだ。中井氏は「世界中でガソリン車に替わる新たな移動手段としてEVの普及が加速していますが、その“空中版”としてeVTOLの市場が拡大していくと見込んでいます」と語る。
2020年2月27〜29日に米国で開催されたeVTOLの開発コンペ「GoFly」において、プラット・アンド・ホイットニー・ディスラプター賞を受賞したことでも同社の高い技術力は世界的に注目されており、米国で実験航空機としての認証を取得し、販売に向けた飛行試験を開始するなど着実なステップを進めている。
テトラ・アビエーションは、具体的にいかなる方法によってeVTOLの安全性を担保しているのだろうか。同社の最新モデル「Mk-5」は、固定翼に取り付けられた32個のローターにより垂直方向へ飛行し、尾翼にある1個のプロペラで水平方向への飛行を行うという形をとっている。「冗長性を持ったローターによって離着陸の安全を確保するとともに、万が一飛行中に何らかの不具合が発生し、どうしても滑空しなければならなくなった場合でも対処できるように固定翼を持たせています。2つの独立した安全性を組み合わせた機体レイアウトになっているのです」(中井氏)。
さらに注目すべきが、eVTOLの安全性に関するルール作りに自ら積極的に関与していくという姿勢である。行政によって策定されるルールが固まるのを待ってから対応していたのでは、設計開発に非常に長い時間を費やしてしまう他、市場のニーズから乖離したルールが作られてしまう可能性があるからだ。中井氏は「そこはやはり私たち開発側がベストと考えるものをまずしっかり作って安全性を実証することが必要で、お客さまから寄せられているニーズも含めて行政にフィードバックしていきたいと考えています」と強調する。
2025年に開催される大阪・関西万博においても「空飛ぶクルマ」は主要テーマの1つに位置付けられており、大きなエリアを設けて展示する他、遊覧飛行体験も実施すべく検討が進んでいるという。これを機に日本においてもeVTOLの実用化と事業化が、一気に加速することが期待されている。
そして、事例講演に登壇したのがダイキン工業 テクノロジーイノベーションセンター データ活用推進Gの黒田耕平氏である。PHMの実践企業である同社は、収集データのAIによる故障予知・診断分析の現在の取り組み、今後の展望を語った。
省エネ、環境、快適、安心、安全、衛生などあらゆるニーズに対応する空調ソリューションを実現しているダイキン工業は、20年以上前から顧客先で稼働する空調機をネットに接続し、遠隔監視を行うエアネットサービスを運用。異常監視や故障予知による安心と、エネルギーマネジメントおよび最適制御による省エネを提供してきた。
2021年6月、ダイキン工業は上記の取り組みから蓄積された膨大なデータを源泉とし、ネット接続サービスの裾野をさらに広げるべく「DK-CONNECT」と呼ぶ新サービスをリリースした。黒田氏は「従来は、異常発見から応急運転までに数時間から数日を要していましたが、DK-CONNECTは数分での対応も可能にします」と語る。
そしてこのDK-CONNECTにより得られたデータによってPHMの取り組みを加速したい考えだ。「サービスエンジニアが属人的に持っている故障診断や故障予知のノウハウを形式知(ルール)化して実装し、エンジニア自身が容易に使いこなせるデータ解析アプリケーションを目指してきました」(黒田氏)。さらに、その精度を向上するためISIDおよびPredictronicsの協力を得て機械学習を活用し、故障診断の骨子を作成したという。これによりサービスエンジニアの高齢化による人手不足や、顧客からのデータ解析の需要増加といった、保守現場で顕在化している多くの課題を解決することが可能となる。
ただし、まだまだやるべきことは残っている。例えば検知した機器の劣化の中には特定条件下でのみ症状が現れるケースもあり、サービスエンジニアが現地で故障を再現できず、正常と誤診断してしまう可能性もある。
黒田氏は「現場ニーズを高いレベルで反映した機能を実装したアプリを展開することで利用増加を図り、サービスエンジニアの標準的なプラットフォームとして業務に浸透させる一方で、新たなロジックの追加実装も不可欠です。実務における適用結果や現場の評価をフィードバックしつつ、今後のデータ分析やモデル学習のためのより確かなデータを得る必要があります」と述べる。また、ロジックのみならず新たな業務効率化機能も追加していくことで、エンジニアの業務スタイルの変革を行っていくという意向を示した。
ISIDとしても、こうしたPHM実践企業のチャレンジをさらに強力に後押ししていく考えだ。その一環として、現在多くの企業の間で高まっている「シミュレーションでAIを活用できないか?」というニーズに応える新たなソリューションも打ち出した。シミュレーションで使われているCAEモデルの代わりとなるAIモデルを構築する「CAEサロゲートモデル」という手法で、「計算時間が大幅に短縮される」「CAEツールの複雑な操作が不要となる」「作業品質を平準化できる」などのメリットを提供する。
PHMを実践するためには、高度なデータ分析の困難と苦労が伴うが、裏を返せばこれまで日本の製造業が培ってきた技術力に正しいデータ分析技術を掛け合わせれば、世界の競合に打ち勝てるイノベーションを生み出せるのは間違いない。
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提供:株式会社電通国際情報サービス
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2021年12月14日