日本ガイシは2021年度上期に、105℃という高温条件での使用に耐えられるリチウムイオン二次電池「EnerCera(エナセラ)」Coin(コイン)の量産出荷を開始する予定だ。独自技術を用い、従来のリチウムイオン二次電池とは一線を画す構造の“半固体電池”であり、これまで不可能だった“クルマに搭載できる電池”を実現した。この車載対応二次電池が切り開いていくだろう自動車の未来を紹介していこう。
小さなボタン型電池が、自動車の在り方を大きく変えようとしている――。
いま、自動車は、コネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous)、シェアリング(Shared&Service)、電動化(Electric)という4つのメガトレンドの頭文字をとった「CASE」という言葉に代表されるように、100年に1度の大きな変革期を迎えている。こうした大変革期を迎えた自動車は、あらゆる面で進化を遂げてその姿を一変させようとしている。その中で、自動車の進化を実現する新たなテクノロジーの開発も活発化し、自動車の未来を切り開く新たなテクノロジーが次々に生まれている。その1つが、“半固体電池”と称される新型リチウムイオン二次電池「EnerCera」(エナセラ)だ。
自動車で“電池”といえば、電気自動車(EV)の走行用モーターを駆動するための“大型電池”をイメージする方が多いだろう。自動車は、走行用モーターを駆動する大型電池の進化を求めていることは間違いないが、大型電池だけを求めているわけではない。ボタン電池クラスの“小さな電池”も、自動車の未来を実現する上で不可欠なテクノロジーとして、進化が要求されているのだ。
小さな電池の進化で実現が期待される究極の未来が“ワイヤーハーネスレス自動車”だ。ご存じの通り、燃費や電費を高めるために自動車の軽量化が進んでいるが、軽量化を阻害する要因としてワイヤーハーネスの重量増がある。自動車の機能増とともに搭載数が増えてきたECU間を結ぶワイヤーハーネスの本数が増え、自動車重量の大きな割合を占めるようになってきている。ECUの統合化や通信の無線化などでワイヤーハーネスを減らす取り組みが行われているものの、ワイヤーハーネスを完全に無くすことは不可能だ。なぜなら、ECUに電源を供給するためのワイヤーハーネスという存在があるためだ。電源供給用ワイヤーハーネスを無線化するには、マイクロ波給電などのワイヤレス給電技術や環境発電(エナジーハーベスト)といった技術とともに、ECUそれぞれが電力をためておく“電池”が必要になるわけだ。
「ECUを駆動できる電池ぐらい、既にあるじゃないか」と思う方は多いかもしれない。だが、実はECUを駆動できる“実用的な電池”はこれまで存在しなかった。エンジンルーム外でも105℃までの高温動作が要求される車載の要件を満たす二次電池が実用化レベルになかったためだ。スマートフォンなどさまざまなモバイル機器に採用される一般的なリチウムイオン二次電池が対応できる温度は最高で60℃程度で、車載要件を満たすには遠く及んでいなかった。車載要件を満たす高温動作可能な二次電池が存在してこなかった故に、ワイヤーハーネスを完全に無くす“ワイヤーハーネスレス”は常識外の夢として語られる程度で、あまり注目されてこなかったと言えるだろう。
しかし、これまでの常識を覆し、“ワイヤーハーネスレス”の実現により現実味を帯びさせる二次電池が登場した。それが、EnerCeraだ。
日本ガイシが開発したEnerCeraは、それまでのリチウムイオン二次電池と一線を画す、全く新しい電池で、“半固体電池”とも呼ばれる。
一般的なリチウムイオン二次電池は、セラミックスなどの電極活物質の粉末と導電助剤および、それらを結着させる有機バインダーで正極を構成する。そして正極と負極の間のセパレーターとして電解液を用いる構造が一般的だ。この構造では、60℃を超えるような高温環境になると有機バインダーが電解液と反応してしまい、電極活物質の粉末と導電助剤を固定する結着力が低下する。そのため、高温にさらすと、激しく電池性能が劣化し、場合によっては正極と負極のショートや発火を起こすことになるわけだ。
これに対しEnerCeraは、一般的なリチウムイオン二次電池とは正極の構造が全く異なる。「結晶配向セラミックス正極板」と呼ぶ1枚のセラミックスの板だけで正極を構成。導電助剤、そして高温下で電解液と反応し、劣化、発火を招く有機バインダーを一切使用していない。そのため、根本的に熱に強く、長寿命なのだ。
日本ガイシ執行役員でエレクトロニクス事業本部ADC事業部長の大和田巌氏は「一般的なリチウムイオン二次電池の正極に使用される電極活物質は、多結晶で、それぞれの結晶の向きはバラバラ。リチウムイオン/電子は、結晶の向きに従って動くため、結晶同士の向きがバラバラだと、リチウムイオン/電子の動きを阻害する。そのため、電極活物質を粉末状にして結晶の数を減らすとともに、リチウムイオンや電子の伝導性を高める導電助剤を有機バインダーで結着させる必要があった」という。
これに対し、EnerCeraが正極に使用する結晶配向セラミックス正極板は、その名の通り、多結晶セラミックスによる正極活物質ながら結晶の向きがそろっているもの。極めてリチウムイオン/電子の通りがよく、わざわざ活物質を粉末にする必要も、導電助剤を使う必要もなく、厄介な有機バインダーを含まないリチウムイオン二次電池が実現できたのだ。
リチウムイオン/電子の通りがよいためEnerCeraは、低抵抗で、高エネルギー密度を実現しやすく、大電流放電にも対応しやすいといった特長を持つ。
なお、高温に強い次世代電池として、セパレーターに電解液ではなく固体電解質を使用した“全固体電池”の実用化が進められている。これに対し、EnerCeraは、セパレーターに有機電解液を採用しており“全固体電池”ではない。ただ、EnerCeraは、多孔質セラミックス(ポーラスセラミックス)に少量の有機電解液を染み込ませてセパレーターを構成しているため外見上は“固体”。そのため“半固体電池”と呼ばれている。
大和田氏は「固体電解質はまだまだ開発途上にあり、イオン伝導率など特性は液体電解質に及ばず、エネルギー密度を高めることが難しくなっている。EnerCeraは、特性に優れる液体電解質を使用しているために、高エネルギー密度と高耐熱/高信頼性を両立した電池として早期実用化を実現できた」と“半固体電池”こその利点を説明する。
次世代電池として大きな注目を集める全固体電池をもしのぐ性能を持つEnerCeraは、2019年に量産を開始。曲げ耐性があり厚さ0.45mm以下のパウチ型製品「EnerCera Pouch」や、高耐熱性を生かしリフローハンダ実装対応のコイン型製品「EnerCera Coin」をラインアップし、スマートカード用途などで採用実績を積んできた。そして、まもなく2021年度上期に、車載用電子部品信頼性規格「AEC-Q200 グレード2」などで求められる動作温度範囲「−40℃から+105℃」を視野に入れ、EnerCera Coinの量産出荷を始める。いよいよ、EnerCeraが自動車の未来を切り開くフェーズへと突入することになる。
そこで、いくつか、EnerCeraが切り開くであろう“自動車の未来”を紹介していこう。
EnerCeraが最も早く自動車の進化に貢献するであろう領域が「スマートキー」だ。厳密にいえば、既に海外自動車メーカーのカード型スマートキーでEnerCera Pouchが採用されているので、進化への貢献が始まっている領域になる。
スマートキーは、カード型スマートキーのように、薄型化、小型化が進むと同時に、多機能化が急速に進展しつつある。特に、昨今、社会問題化している「リレーアタック」による盗難を防止する機能の搭載が急務になっている。具体的には、自動車とキーの物理的な距離をセンシングするためのUWB(超広帯域無線)機能や、指紋センサー機能を追加して、セキュリティーを高めるといった対策だ。
当然、UWBや指紋センサーといった機能を追加するとスマートキーが消費する電力量は増大する。スマートキーに搭載する一次電池の大きさが同じままであれば、これまで数年おきだった電池交換頻度は、数カ月に1度程度と非実用的な水準に増える見込みだ。携帯性が重視されるスマートキーでは電池サイズをこれ以上大きくすることが難しいため、ワイヤレス給電など手軽に充電できる技術と組み合わせ、小型二次電池の採用が検討されている。
そうした中で、高エネルギー密度を有し、直接基板実装でき電池ホルダーが不要なEnerCera Coinの採用検討が進んでいるという。「使用頻度にもよるが、数カ月に1度程度の充電頻度のリレーアタック対策スマートキーを実現できる見通し。EnerCeraは、10年使用しても90%程度の蓄電容量を保てる長寿命も特長で、電池交換不要のスマートキーを実現できるという点でも評価されている」(大和田氏)
ワイヤーハーネスレス化、自律電源による動作をいち早く実現しているECUといえるタイヤ空気圧監視システム(TPMS)でも、EnerCeraは期待を集める電池だ。
これまでTPMSは、一次電池による自律電源を持ち、無線通信で他のECUとデータをやり取りしてきた。ただ、TPMSも、自動運転やADAS(先進運転支援システム)の実現、進化に向けて、単にタイヤの空気圧だけを監視するだけでなく、路面状態をセンシングするなど新たな機能の搭載が不可欠になっている。こうした進化版TPMS、タイヤセンサーの実現にも、容量の大きな電池が必要になる。
タイヤセンサーについても、スペースや重量に制約があり、一次電池の搭載量を増やすというわけにはいかない。センサーが大型化してしまうと、タイヤに装着しにくくなり、振動などにも弱くなるためだ。こうした背景から、105℃対応と温度要件をクリアしたEnerCeraが期待を集めている。
ただ、二次電池であるEnerCeraをタイヤ内で使用するためには、EnerCeraを充電する“発電”が必要になる。日本ガイシでは、既に振動発電素子技術を持つ企業などと協業。電池と発電、給電を組み合わせた“トータルソリューション”を提案できる体制を構築。既に数社のタイヤセンサーメーカーとともに実用化に向けた開発に着手しているという段階で、そう遠くない将来にタイヤ内にEnerCeraが搭載される日が来る見通しだ。
自動車の進化で欠かせない要素が“安全性”だ。安全性を高める1つの手段が冗長化であり、ECUの電源についても、そのことは当てはまる。
ただ、これまでECUの電源の冗長化は難しいものだった。先述の通り、自動車に搭載できる二次電池が存在しなかったためだ。そのため、セラミックコンデンサーなど容量の極めて小さな電子部品レベルでの電源バックアップ程度しか冗長化できなかった。
105℃対応EnerCeraにより、こうしたECUのバックアップ電源の容量を桁違いに増やすことが可能になる。これは、自動車の安全設計を根底から変える可能性のある画期的なことだといえるだろう。
例えば、急速に普及するドライブレコーダー。万が一の事故で電源を失った場合でも、これまでであれば、数秒程度のバックアップ電源しか持てなかった。だが、EnerCeraであれば、電源を喪失しても数分間にわたり、記録を続けることができるようになる。こうしたことは、あらゆるECUに当てはまる。エンジン、オルタネーターが止まっても、しばらくドアロック解除や非常時の警報無線発信を動作させることにより、最悪の事態は避けられる。EnerCeraは、クルマの安全性向上にも大きく貢献する見通しだ。
EnerCeraでECUのバックアップ電源が実現された先には、マイクロ波給電などのワイヤレス給電や、環境発電などの技術と組み合わせたワイヤーハーネスレスの世界が待ち受けるだろう。ECUは、まるでIoTエッジ端末のように、それぞれが自律電源を持ち、ワイヤレスでデータ通信する。未来のクルマはIoTネットワークのようなシステムによって、走るようになるだろう。
そのためにはワイヤレス給電や環境発電技術の進化が必要で、少々先の話になりそうだが、「内装ECUやヒューマンマシンインタフェース(HMI)機器では分散電源への要求は高く、既に引き合いを得ている」(大和田氏)とし、単なる夢物語ではない実現性のある未来として捉えつつある。
特に、強い引き合いがあるのが、電子回路を樹脂内に埋め込む「インモールドエレクトロニクス」を活用したHMIシステム用途だという。樹脂に埋め込んだ回路は、抵抗が高く弱い電流しか流せない上、電源を長く引き回してしまうと抵抗で電力を奪われ、ICなどのデバイスを駆動する力も弱まってしまうという課題を持つ。そのため、ICなどのデバイスのすぐ近傍に自律した電源を持つ必要がある。EnerCeraは、樹脂への埋め込みに耐えられる耐熱性も有しており、インモールドエレクトロニクス応用HMIシステムに欠かせない電池として有望視されているわけだ。
これまで不可能だった車載を可能にした二次電池・EnerCeraが実現するであろう自動車の未来のアプリケーション例の一部を紹介してきた。紹介した例以外にもEnerCeraは自動車のさまざまな進化に貢献することが期待されている。同時に、EnerCera自体も進化を遂げ、さらに適用可能な領域を拡大していく見通しだ。既にAEC Q-200のグレード1に相当する125℃まで動作上限温度を高めたEnerCeraの製品化のメドが立っており、より環境条件の厳しい領域にも使用できるEnerCeraが2022年にも登場する見込みだ。大和田氏は「さらに高い温度にも耐えられるように開発を進めていく。高い温度に対応する技術を導入することにより常温でのエネルギー密度を高めることにもつながる。ワイヤーハーネスレス化などの自動車の進化に、より貢献できる電池を目指していく」と今後の開発方針を語っている。
なお、日本ガイシでは、EnerCeraの最新情報やさまざまな応用例を紹介する特設サイトを展開している。また、2021年5月26日から7月30日までの会期で開催されるオンライン展示会「自動車技術展:人とくるまのテクノロジー展2021 オンライン」に出展し、 “半固体電池・EnerCera”に関する展示を行うだけでなく、ワークショップ(オンライン講演会場)では詳しいプレゼンテーションも実施する予定だ。ぜひ、EnerCeraに興味のある方は、同社オンラインブースを訪れてほしい。
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提供:日本ガイシ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2021年6月25日